ケンジャの思案 (1)
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魔法とは人生、魔法とは芸術、魔法とは生き物、魔法とは……終わりなき探求の道! この余りある魔力を持ってしても辿り着けない世界が、この世にはきっとあるはずじゃ!
机の上に積み重なった魔導書を手に取り、もう何度も目を通したページをじっくりと読み込む。これは素晴らしいものだ。この世に書というものが無ければ、ここまで文明は発展しなかったじゃろう。
もうこんな時間か。鼻歌交じりに夕食の準備に取り掛かる。
たまにへそまで伸びた顎髭が引っかかり痛い思いをするが、剃ったり整えたりするつもりは無い。
何かを生み出したりする魔法はあるが、髪や髭を再生させる魔法は儂でさえ知らぬ。ゆえに貴重であり、時間しか解決出来ないものの一つじゃ。
鍋の中でコトコトと煮込まれているどろりとした物はチューシーと言い、ジガイモ、ニガメン、ハバザクラなどを入れた逸品じゃ。どれもただの野菜と肉であるが。
そのうち魔法のみで全ての食材が生み出せるようになるだろう。儂以外にも斯様な研究に身を捧げる素晴らしい学者がおり、そやつらの人生はまさしく魔法で終わる。素晴らしい世の中じゃ、嘆かわしい事に儂ほどの莫大な魔力を持つ人間は他にはおらんがな。
そう思考してた折に扉を叩く音が聞こえ、儂はチューシーを煮込む火を一旦止めて玄関へと赴く。
木の魔法を使って建てたこの家は、所々に様々な実が成り、儂はそれを摘んでかじりつきながら扉の前まで来て止まった。
世の中には不届き者もおる。まさか儂の家の事を知らぬ者はこの辺りに居るはずないとは思うが、念の為に透視魔法を使って訪問者の顔を覗く。
おお、勇者リオンに……誰じゃ? なにやら冴えないおっさんが立っておる。しかもなんじゃあの髪型は、呪われておるのか?
じゃが、リオンが連れてきた者が危険人物なわけがない。
儂は扉を開けると、自然な笑顔で挨拶をするリオン。そして、謎の男は恭しく一礼をしてきた。
「こんな爺の元に何の用じゃね勇者リオン」
顎髭を撫でながら尋ねると、青年らしく快活な声でリオンは答える。
「ええ、実は彼の事を紹介しようと思いまして」
その時、謎の男はふらりと身体を傾け、慌てたリオンが支えた。
なるほど、顔を青くして今にも倒れそうじゃの。
儂の家は街の外れ、辺境邸とも言われるほど中心部からは距離がある。
その上、小高い丘に生やした家じゃ。初めて来るからには、さぞ堪えたじゃろうて。
「田中長隆と申します」
息を切らしながらも、腰を曲げて礼をしながら自己紹介をするタナカナガタカなる者。
異国の者であろうか、と名前を聞いて真っ先にそう思い浮かべる。
来ている服も不思議な材質じゃ。少なくとも儂は、見たことがない。
「タナカナガタカ、であるか。なんかこう、長い名前じゃのう。まあ良い、入るが良い」
「みんなは田中さんって呼んでいます」
「ほ、確かに長いからのう」
見るとそれなりに歳を食っておる田中は、改めて頭を下げた。なるほど、儂よりは下とはいえ、皆にとっては歳上じゃのう。
じゃが今にも倒れそうじゃな。儂は二人を招き入れて、扉を閉めた。
「……あの、靴は脱がなくても大丈夫でしょうか?」
「ん? なんじゃ? 靴に結界でもあるのか?」
「あ、いえ、なんでもないです」
靴を脱ぐ習慣もまた、聞いたことがない。やはりこやつは、異国から来たんじゃろうな。
しかしまた、何故リオンはかような者を連れてきたんじゃろうか。
玄関から戻り、一人暮らしには少し広すぎる応接間に二人を案内し、地面から生えた植物のテーブルの前に彼らを座らせる。
「ちょうどチューシーを作っておってな、そこで座って待ってなさい」
儂は善意でそう言ったつもりじゃったが、二人は少し困ったような反応を返す。
「どうした、リオン。お主も好きじゃろう? チューシーは」
「いや、その、実は、屋台で食べ歩いてきまして」
「なんと、そうであったか。それなら仕方ないな」
なるほどリオンのやつ、さてはこの客人に良いところを見せようと思って張り切りすぎた口じゃな?
確かにタンジョウには流通が多いゆえに、新鮮な食材を仕入れた屋台が沢山ある。
一度食べだしたら止まらぬ気持ちも、わかるものじゃ。
台所に戻った儂は、リオンのお人好しに笑いつつも、自分用の皿にチューシーを注ぐ。
おっと、さすがに飲み物くらいは出してやらんとな。
傍から生えていた果実をもぎ取り、これまた植物によって象られたコップの上に果実を浮かせ、風の力によって一瞬で搾り上げていく。
うむ、アプレの果実ジュースなら、満腹でも飲めるじゃろう。
コップを風の魔法の応用で浮遊させた儂は、二人が待つ応接間に戻った。
「あいや待たせたのう、ほれ、飲み物じゃ」




