ガルマからの提案 (2)
「それはさておき、その様子じゃと分からんじゃろのう。儂も長年この界隈でやってきておるが、この文字は見た事が無い。はるか昔の失われた言語である可能性も捨てきれぬ」
両手で用紙を持ったガルマは、凄まじい顔でそれと睨めっこをしながらぶつぶつと呟く。
ガルマが居るこの室長室には、何度も読み漁られた形跡のある本がいくつか壁際の本棚に立て掛けられ、それらはスキルやモンスターなどの文献がほとんどだった。
彼の性格が垣間見えるものを見つけた田中は、ガルマの様子を窺いながら本のタイトルに目をやる。
「それより……先程から声を出してすらいないようだが、まだ喉が痛むかの?」
「あ、いえ、大丈夫です」
咎めるようなガルマの声色に、田中はびくりと肩を震わせる。
そんな彼の反応を見て、ガルマは一旦用紙をテーブルの上に下ろした。
「魔力含有量の計り知れなさも含めて、儂としては君に然るべき施設での訓練を勧めたいところではあるが、それは流石に職権乱用じゃろうな」
ガルマは右手で短く生え揃った白い顎髭をなぞりながら、独り言のように漏らす。
「じゃが、君はやけにリオンに気に入られとる。喰えない爺もおる彼のパーティーの一員として活動するのも、悪くないのう」
顔はにやけているが、彼の思う人物と因縁があるのか、歯噛みしたような表情に変わる。
しかし、顔色が変わったのは田中も同じであった。リオンの名前が出たからである。
「君はどうしたい? あれだけ騒ぎがあったから今更影を潜めるのも難しそうじゃが、儂次第でそれはなんとでもなるぞ?」
悪魔の囁きじみた声色で、顎髭を触りながらにやりと不敵に笑うガルマ。
田中はすっかり冷めてしまったユズスを飲み干して、静かにテーブルへと置く。その眼差しは、泳ぐことなくガルマを見据えた。
「差し出がましい考えかもしれませんが、私はリオンさんと共に行動出来たらなと思っています。彼には沢山の恩がありますし、だいぶ助けられました」
そう言いきって、彼の視線は再びテーブルの方へと落とされた。前髪の毛先を指で転がすその姿は見る人からすれば滑稽なものであったが、決意を無事に述べられた事に満足げな様子だった。
「そう謙遜するな、君なら実力を磨けば必ず光るであろう。儂に任せておけい」
「あの……」
立ち上がろうとするガルマに、田中はか細い声で呼び止める。
「何故、そこまで親切にしてくださるんですか?」
そう言った彼は、眼鏡をぐっと中指で押さえる。
疑るような彼の表情を見たガルマは呆気に取られた顔をしたあと、口を一文字に閉じたまま白髪をくしゃくしゃと掻きむしる。
そして、ユズスを一気に飲み干した後、身体に弾みをつけてゆっくりと立ち上がった。
「長く生きてきたからな、人を見る目はまだ死んでないのよ」
歯を見せるように笑って、田中の腕とは一回りも二回りも違う腕を彼の前に差し出した。
「自信を持てとは言わん、じゃが、悲観的が過ぎると寄ってくる幸運も逃げちまうぞ」
その表情はどこかブシドウと重なる所があり、彼の顔が一瞬若返るように田中は感じた。ガルマは腕を握り返した田中を引っ張り上げて立たせたあと、例の用紙を持って出入り口である扉に向かって歩き出す。
「話は一旦終わりじゃ、スキルについては追ってまた連絡するようキョウカンに伝えておく。付いてきなさい」
そう言われた田中の足取りは軽く、憑き物が落ちたような表情であった。




