ガルマからの提案 (1)
場面は変わり、ギルドマスターのみが使用を許されるという室長室。
扉をくぐって正面に大きな窓を背にした専用の机と椅子があり、部屋の中央は応接用のソファが向かい合って並んでいる。
そこにガルマと田中の二人が、向かい合うように座っていた。
特別な輝きを放つソファの皮は、ガルマが若かりし頃に討伐したヒヒャドラードと言う四足歩行の猛獣のものであり、今もなお擦り切れるどころか成長しているかのように瑞々(みずみず)しさを保っている。
二人を挟んだ小さなテーブルの上には、田中も見た事のあるティーカップと同じ形状をした陶磁器が二人の前に置かれており、その中には湯気立つ黒い液体が入っていた。
「シゾバエを濾して作った、ユズスじゃ。飲め」
田中はハエという単語に眉をひそめるが、客に出すものにおかしな物は入れないだろうと自分を奮い立たせ、取っ手を取りグイッと勢い良く容器を傾けた。
その瞬間、味覚よりもまず熱さにより痛覚を刺激され、当然のように噎せてしまうが、口を抑えることによりそれ以上の粗相は免れた。
それを見たガルマは豪快に笑い、田中の肩に手を置きながら「落ち着いて飲め」と一言掛ける。恥ずかしくなった田中は、今度は打って変わってちびちびとユズスを口にする。それでも喉からは喘鳴が聞こえ、噎せそうになるのを抑えているのが垣間見えた。
「幸いな事に、濾す前のそれは生薬にも使われるものでな。君の喉も直に癒えるだろう」
満面の笑みで語る姿は好々爺のようだが、その体格は酒場に居たキョジンと良い勝負をしそうな巨体で、笑顔ですら威圧感を醸し出している。しかし、彼の言う通り、田中の呼吸は少しずつ落ち着いていった。
「まあ緊張するのも無理はない、儂の見た目は厳ついからのう」
そう高らかに笑っていたが、ブシドウにした行いが一番の原因だという事に彼自身は気づいていなかった。
田中は顔が引き攣りそうになっているのに気づき、隠すようにユズスを口に含む。
ひとしきり笑い終えたガルマは既に机の上にあるスキル鑑定の用紙に目をやり、両肘を机の上に立てて両手を口元で組んだ。
「キョウカンから聞いた話によると、君のスキルは何やら特殊らしいのう」
ガルマは用紙を机の上で反転させ、田中に見えるよう滑らした。
「君には読めるか、この字が。自分のスキルの事じゃ、もしかしたら読めると思っているんじゃが」
田中は文字を見つめるが、そもそも彼はこの世界の文字が読めない。彼は迷っていたが、正直にそれを告げる。
「なに!? お主、文字が読めぬのか!?」
取り繕っていたような言葉遣いを忘れるほどガルマは衝撃を受け、その身を乗り上げる。そして我に返り、近づけていた顔をゆっくりと離した。
「失礼した、あまりにも衝撃的でな……君の見た目だと、文字が読めないでどう生活してきたのか不思議でならんかったんじゃ」
ガルマの言うことは尤もで、田中は押し黙ってしまう。
静かな空間には二人が出す音以外は何も聞こえず、しばしの静寂が包み込む。
田中の反応をどう捉えたのか、ガルマは腕を組んで遠くを見つめる。
「まあ、儂の言葉はわかるようじゃし、今まで冒険者の登録すらしていないのなら、そんな生い立ちも有りうるわな。余計な詮索をするつもりは無い、安心せい」
含み笑いと共に、ガルマは目を瞑って何度か頷く。
田中はほっとした顔で、深く息を吸って、吐いた。




