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かくして竜は空に謳う  作者: くしやき
第一章 絶対正義
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006 【幕間】絶対正義の襲来

―――ヒュミリッド王国軍第六駐屯基地。


崩嵐の覇者たる竜の住まう霊峰のお膝元、猛き魔獣(※魔術を行使する獣)共の住まう広大な森林の縁にて人類の生存権を守り抜く最北端の基地である。


技術の粋を凝らした強靭な防壁と砦、そしてそこを守護する精強なる精鋭たちは、これまで幾度となく魔獣たちの軍勢を容易く跳ねのけてきたという実績を有している。こと対魔獣という観点で言えば、彼らはこの大陸でも最強と呼べるほどの存在だった。


そんな彼らの軍から、つい先日脱走者が出た。


無謀にも竜に挑み生きて帰ってきた最高の馬鹿者である。

対魔獣には強かれど人を追う経験はほとんどない(と、なぜか口をそろえる)彼らは残念なことに彼女を捕獲することはできなかった。

そのため上層部のお偉方に憎むべき国家の裏切り者たる脱走者の情報をすすんで伝えたり、または監督問題ということで責任を追及されたりしてと、駐屯基地は最近なんとも忙しなくしている。


―――彼がそこを訪れたのは、そんな折のこと。


見張り台の者よりも早くその気配を察知した駐屯基地総括ゴルバドス・ロ・アルジアは、愛剣を腰に下げ、砦の真正面に流星の如く降り立った彼を迎えた。


金髪をオールバックにした、壁のような図体の法衣をまとう男。

月光よりも眩い瞳が、猛き深緑とかち合う。


「何用か。あいにくと、通達もなく訪れた者をもてなしはできぬぞ」

「我が求むるは悪のみよ―――どこへ逃した」


空気がざわめき、ゴルバドスの赤銅(しゃくどう)色の髪が揺れるほどの圧力。

大慌てで武器を備え砦から出てくる兵士たちを手で制し、ゴルバドスは剣をかちゃりと鳴らした。


「絶対正義、か……聞きしに勝る。だが、我が軍にお前の求む悪はないぞ」

「それは貴様ごときが決めることではないッ!」


ぎちり、と噛み締められた白い歯列をむき出しにする大男―――絶対正義。

ずしりと腰を沈める彼に視線を細めたゴルバドスは、ぱちんと剣の留め金を弾く。


とそこで絶対正義は鼻をうごめかすと、ゴルバドスの向こう、砦から出てきた兵士の一人―――眼鏡をかけた青色の女に視線を向ける。


「―――匂うぞ」


匂いがする。


彼のもっとも憎む悪の匂いが、その女には染みついていた。


やはりここに、悪はいた。


だから絶対正義は無拍子に駆けた。


初速からして音を置き去りにする絶大の速度。

その巨体からは考えられないその挙動に、反応できたのはたったひとりのみ。


―――絶対正義の首元に添えられる刃。


ゴルバドスの横を抜けることもできず立ち止まった絶対正義は、自分を見据える深緑をぎょろりと睨み返した。


「部下に手を出すつもりならば、俺は貴様を殺さねばならぬぞ」


交わされる視線。


互いが互いの全てを眼中に収め、その挙動を見逃すまいと目を見開く。

次の瞬間にも互いを殺し合っていておかしくはないほどに張り詰める空気。

音すらもがその進入を阻まれた。


そしてゴルバドスは剣を引き、絶対正義は数歩下がった。


「軍が配布する手配写真をやる。近くの都でも探せ」


懐から取り出したスクロールを差し出せば絶対正義はおとなしくそれを受け取る。そして中身を改めてゴルバドスを睨みつけた。


「この内容、相違はあるまいな」

「俺は軍人だ。これでも愛国心はある」


あっさり告げる彼女を見定めるようにしばし沈黙し、それから絶対正義は身を翻した。


「次までには堕ちているがいい―――この手で滅してやる」


そんな捨て台詞を残し、絶対正義は恐るべき跳躍力でもってその場を去っていく。


絶対正義の姿が見えなくなってからやれやれと吐息するゴルバドスの元に、青色の女兵士が駆け寄った。


「総括ッ!ご無事ですか!」

「エリーゼか。ああ、そうだな。どうやら問題なく帰ってもらえたらしい」

「先ほどの男は……」


絶対正義の消えた先に不安気な視線を向けるエリーゼにゴルバドスは表情を険しくする。


「絶対正義。噂には訊いていたが―――耳の早いことだ」

「絶対、正義……?それはいったい?」


いったい何を予感するのか泣きそうな表情で問い詰めるエリーゼに、ゴルバドスはふと遠くを見やる。方角で言えば南方、恐らくはきっと―――彼女がいる先に。


「その名の通りだ。絶対正義―――あらゆる悪を挫く者。教会でさえまともに管理できぬ狂気の信奉者よ」

「悪とは、まさか……!」


青ざめるエリーゼに、ゴルバドスは頷く。


「知られている限りでは―――史上6人の英傑が彼により滅されている」


膝から崩れ落ちるエリーゼを支えながら、まったく厄介な者に目を付けられたものだと、ゴルバドスはそっと目を閉じる。


娘の無事を祈る母の手が、剣の柄を握り締めた。

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