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かくして竜は空に謳う  作者: くしやき
第一章 絶対正義
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028 正義の勝利

地獄絵図。

人の手で描かれたという点においてそれ以上に的確な言葉もない。

あれもこれもそれもすべて人為によるものなのだから。


と。

その光景を作り出したうちのひとりに数えられる人でなし(オノ)はのちに語った。


だからそれは、まさに地獄と呼べる惨状だった。


蒸発した金属が大気によって急速に冷えて固まった鉄の雨。

降り注ぐ端からすべてを燃やす超高温の液体は水たまりになって固形化し、残骸を巻き込んでミシミシと至る所から悲鳴を上げさせる。高熱によって発生した気流がびゅうびゅうと吹きすさび、小さな残骸や灰が宙を舞ってはまた降り注いでを繰り返す。

炎の海の中には人の形をした火だるまがふたつあって、それは互いに身体のいくらかを欠損しながらも地獄のただなかでなお敵意を向けあっていた。


「―――ッ!」

「ッッッ!!!」


身体にめり込んだ熱く煮えたぎる金属と全身を侵す炎を再生力で強引にねじ伏せながら、それらは迷いなく拳を振るう。


衝突のたびに全身の炎が爆ぜる。

それは炭化した組織がまき散らされるからこその現象。

ゆえに衝突のたび、破壊のたび、ふたりの再生は加速する。


一撃一撃に全霊を賭す拳は次第に手数を増し、手の数を増し、見る間に蹴り足が混ざり、ついには不死鳥のごとく炎の中より再誕したふたりは息もつかせぬ連撃で互いの肉を削りあう。


不死者たるふたりは、しかし不滅ではない。


再生のたびに確かに消耗するなにかがあって、本来ならば尽きせぬほどに満ち満ちたその竜は鬼は、いまその枯渇を実感できるほどに疲弊していた。


それでも両者は拳を交わす。

なぜなら相手がそうするからだ。

だとすれば自分が負けることは許容できない。

意地ゆえに正義ゆえに―――どちらにせよ関係はない。

ことここに至ってその拳の重みは信念の重みでさえない。

体重と躍動と、それらを十全に乗せた純粋なる拳の重みである。

それに打たれてなおへし折れることのないというただその一点のみを信念が支えている。


勝ったやつが正義、これはそういうひどく単純な構図なのだ。


だから両者は拳を交わす。

女に至っては手にしていたはずのマチェットさえもう手中にない。


絶対正義の拳に鍛え上げた腹筋を殴られれば、お返しの拳で顔面を殴り抜く。

そうかと思えば絶対正義の閃脚が女を横ざまに打ち据え、吹き飛びそうになるのを地面にめり込むほどの力で耐えつつ反撃の膝を腹部に叩き込んだ。


殴られれば殴り返し、蹴られれば蹴り返すというひどく単純な闘争。

焼けた空気によって肺が爛れる感覚と皮膚が一瞬ごとに溶けては再生する感触にさいなまれながら、それでも互いのありさまは堂々たるもので。


極限の際でかろうじて拮抗するその殴り合いは、だからほんのささやかなきっかけで終着へと転がり落ちる。


―――がく、と。


女の足がなにかを踏んで、わずかに体勢が崩れる。

即座に防御姿勢をとろうとするのを許容せず、絶対正義の拳が吸い込まれるように女の顎を打ち上げる。

意識そのものを殴り飛ばされたような強烈な衝撃を感じたころにはすでに追撃が女の顔面へと強烈に叩き込まれ、女はなすすべもなく吹き飛んでいく―――


「ッ!」


女のつま先が、吹き飛ばされながらなにかを蹴り上げていた。


それは女の体勢を崩したもの。

それはこの戦いの決着へと至る鍵。


それは、女がいつの間にか取り落としていたマチェットだった。


竜の呪いに浸された赤黒の鉄は、この滅びの中にあっていささかの鈍りもなく。


女はブンッと足を振り上げて回転、地面に手をついて身体を弾ませると空中でマチェットを握りしめる。

ただただ吹き飛ばされるだけだったはずの女の瞳には、しかしどこまでも強い光があった。

踏んだそれがマチェットであると気が付いた瞬間に女は今を見据えていた。


そして女は最後の力を込め、大上段に振り上げたマチェットを暴威で満たし竜爪と成す。


「ったばれぇえええええええッッッッ!!!!!!」


振り下ろされる渾身の一閃。


絶対正義はそれに対して当たり前のように撃墜を選択し、地面すれすれにまで振りかぶった拳を噴火するマグマのような激烈な勢いで跳ね上げる。


―――はたしてそれは当然空振った。


どちらが、ではない。

どちらも。


なぜなら振り下ろした女の手中にマチェットはない。

空中でくるくると回るそれを絶対正義は唖然と見上げ。


そして地面を殴りつけた女は、そのまま世界を殴り飛ばして身を弾ませる。


今度こその全身全霊。


死してなお死なない彼女の死力が込められた最果ての一撃が、絶対正義をおもちゃのように撥ね飛ばす。


わずかな先で落下した絶対正義は地に弾み、身動きすらなく沈黙する。


「言ったはずだろう、絶対正義」


落ちてきたマチェットを軽やかに受け止め女は笑う。


「俺は負けず嫌いなのだ」


くるりと回す手になじむ感触を確かめながら、そして敗者に背を向けた。


「勝ちなど譲ってやりはせんよ―――アイツだけには絶対にな」

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