027 三者三信
『いいね』ありがとうございます。
めでてぇ。
足元を踏みしめる力の反動を体のひねりで増幅させ、その巨体を投げ出すように体重を乗せて拳を振るう。ただただ威力を追求したことで機能美さえ感じるその一連の流動は暴力と呼ぶには洗練されすぎた力である。
「ドゥルァアアアアアッッッ!!!」
しかしながらあえてそれを暴力と呼ぼう。
ただただ目の前の相手をぶん殴らずにはいられないという、敵意や害意や悪意ともかけ離れた―――殴打の意思が絶対正義にはあった。
その強靭な体躯は意思を貫き通すには十分すぎる代物であり。
そしてその上で女は笑う。
「鈍っているのではないか絶対正義よッ!」
「ぐぬぅッ!」
巨岩の拳をかいくぐり跳ね上がるは竜の尾を思わせるしなる蹴り足。
絶対正義は地面を踏み砕きながら一瞬で静止することでそれを回避、掠めただけでちぎれ飛ぶ鼻先に目もくれず両腕を広げてタックルを仕掛けるがすでにそこに女はいない。
見上げる彼方で翼を広げた女は次の瞬間空を弾き、理解していてもなお反応を超越する速度でもって拳を叩き落とす。
防御のために晒された絶対正義の両腕と女の腕が轟音を立ててへし折れ、その瞬間にぐるりと空中で回転する女の蹴りは再び割り込むへし折れたままの腕を弾き飛ばすだけにとどまる。
血しぶきをあげて両腕が吹き飛んでもお構いなしで絶対正義は牙をむき出し、岩さえも喰らいつくしそうな噛みつきに女は拳をお見舞いする。
ガヂュッ! と鋭利な牙に肉をえぐられながらも絶対正義にご馳走される女の拳。
強引に振り抜こうとするも木の幹さながらの強靭な首の筋肉によって押しとどめられ、逆に噛み砕かんと込められる力を感じたため慌てて手中に竜威を爆発させる。
ボビュッ!
小規模な爆発により強引に抜き出した腕を振るいながら距離をとる女。
ズタボロに破壊された口腔もほんの数瞬の間に再生し、絶対正義は牙の具合を確かめるかのようにがぢがぢと噛み合わせながら彼女を睨んだ。
とそこへ飛翔する黒の槍。
すでに何度もその鋭利を身体で味わった絶対正義は視線さえ向けぬままにその一本を鷲掴みにし―――
「ぬぅっ!?」
その瞬間己の失策を悟りながらも一切の対応を許さぬ速度で槍は白熱しその熱でもって絶対正義の手と癒着、そのまま融解→膨張を瞬く間に経過させ瞬間的に大爆発を引き起こした。
「自作魔術式34重―――酸化反応を起点とした連鎖的反応に伴う急激な熱産生により蒸気爆発を起こす金属」
「そういうものは警告をしてから使えッ!」
さらりと告げられるなんとも物騒な魔術の正体に女は絶叫する。
なんとなく嫌な予感を覚えてオノとラクラをさらいながら距離をとったからいいものを、もしもそうでなければ今頃は爆心地で骨の髄まで高熱にさらされ火だるまになっていたことだろう。まさに今の絶対正義のように―――いやそれどころの騒ぎではない。
破壊力よりはむしろ熱をまき散らした爆発により、絶対正義のみならず教会の残骸もまたこうこうと燃え上がっている。
元々はこじんまりとしながらも雰囲気のいい教会だった場所は、がれきの次は更地になろうとしているようだ。しかもそのただ中で大司教まで燃えている。なんとも冒涜的な光景かもしれない。
「まったくよくもまあこれほど物騒な魔術をいくつも思いつくものだ」
「そうでもない。武器に転用できそうなものを使っているだけ」
あっさりと言ってのける彼女は果たしてこれまでいったいどれだけの魔術を創り出してきたのか。呆れると同時にうすら寒いものも感じて身震いをした女は、とりあえずこの少女が自分の目の離れた場所で魔術を使わないように何とか言い含めようと決意した。せめて目の届く範囲でやってほしい。
さておきオノとラクラを避難させた女は単身で絶対正義のもとへと舞い戻る。
高熱の金属が皮膚にめり込んで固体化しているせいかその肉は沸き立ち、再生したところで炎は消えず―――それでも彼は堂々たる立ち姿でそこにある。
彼が絶対正義であるがゆえに。
ただそれだけのことである。
「ずいぶんな有様ではないか。あのオノがやることだぞ? 無警戒が過ぎると俺は思うがね」
「―――、ッ、―――」
声帯が焼けて言葉さえ形にならない。
しかし理解はたやすいことだ。
だからなんだと、絶対正義は吐き捨てる。
焼けようが煮えようが灰になろうが、彼が屈する理由はない。
戦闘はまだ終わっていないのだ。
それを示すように今、絶対正義が大きく両腕を振りかぶる。
まるであの雲を消し山をさえ抉り抜いた絶技を放つような構えで、しかし彼はその身を走行に向けて前のめりの体勢となった。
ぎちりぎちりと音を立てて変質していく腕はより強固に頑強に強力に。
一歩。
大地を踏みつけにする傲岸不遜な一歩が炎を消し飛ばす。
二歩。
世界を回すのは自分だと知らしめるような強烈な二歩目が彼を吹き飛ばす。
三歩四歩はすでに最高速を届けるために。
音さえ置き去りに疾走する巨体が、そして女へと突撃する―――ッ!
「ッ!」
英傑たる女でさえとっさに飛びのくのがやっとの速度。
それでも回避したはずだった。
しかし空振った剛腕は『振るう限りにおいて空振りなどありえない』と言わんばかりに空気を抉り抜き、掘削された真空に身体が吸い寄せられるのだと女の理解が追いつくよりも速く食らいつくような追撃が肉薄する。
「ぅるあッ!」
気勢の声とともに体勢を崩すことで倒れこむようにして絶対正義の凶撃をかすめ、それだけで頬の半分ほどを抉られる。
女は膝折れした片足だけがかろうじて支える無理な体勢から強引に蹴り上げて顎を打ち抜くが絶対正義は揺るがない。むしろ振り切る前の足を握り潰されそのまま上空へと放り投げられた。
絶対正義が深く腰を沈め月天を仰ぐ。
さらばと女は月を握りしめた。
先ほど教会を崩壊させた暴力の再演。
上下逆転すれど衝突の意思にいささかの変質もない。
女はそのプライドゆえに、絶対正義はその正義ゆえに真っ向から殴り飛ばす以外にはありえない。
しかしそうではない一名が、ふたりの距離がわずかとはいえ開き狙いやすくなった隙を待ち望んでいた。
再三、飛来する槍の乱舞。
これまでよりなお速く、鋭いそれをしかし絶対正義は見向きもしない。
実際のところ貫通というのは彼にとってもっとも影響の少ないダメージだ。
それが鋭利であればあるほど被害は最小化されていく。
仮に雷撃を放たれ脳が焼かれようとも彼は強引に身体を躍動させるだろう。
問題は先ほどの爆発ではあったが、距離が開いたとはいえ女と絶対正義はすでに互いをその拳の射程に捕えようとしている。こんな状況で、先ほどよりも多数の槍を爆発させようものならば絶対正義のみならず女までもがその熱に焼かれることは間違いなく、そしてもちろん好き好んで仲間を焼き尽くさんとする少女など存在するわけもなく―――
ところがどっこいオノである。
一度試してみた魔術式に改善の余地(それは例えば、創出する質量の増加―――など)があれば迷いなく試す探求の輩にして、そしてなにより『吸血鬼が燃えるのは見たから英傑が燃えるのも見ておきたい』という好奇心を、抑えるはずの理性を魔術思考に全振りした命(自他問わず)もいとわぬ魔術バカ―――ッ!
果たして絶対正義を串刺しにした槍は当たり前のように白熱するッ!
熱により焼ける肉の心地が脳に伝わるよりも早く爆発を引き起こすはずのそれへの、だから絶対正義の対処はほぼ反射的だった。
ブシュッ!
吹き出す血液が槍を浸して血煙を上げる。
全体を吸血鬼の血液で浸した―――いっそ蒸着されたとでも言いたくなるような有様の槍は反応を引き起こすための酸素供給を絶たれかろうじて爆発を免れた。
さしもの絶対正義といえどその一連の現象を理解しようと一瞬思考が乱れ。
「―――これが仲間の力だッ!」
ゆえに、いまだかつてそしてこの先においてもこれ以上にはありえないだろうというほど心にもない言葉とともに、女の攻撃が絶対正義に先んじる。
オノが自分もろとも炎上させてやろうと考えるくらい彼女からすればもはや自明の理であり、ゆえに彼女は一切の意外を感じることがなかった。
やっぱりやったか、くらいの心持ちである。
とはいえもちろん火だるまになりたいわけでもなく、その点でいえばある意味恩人とさえ呼べるかもしれない絶対正義に、一応は劇的な言葉を言って快くぶん殴られてもらおうという彼女なりの気遣いがその言葉を口にさせた。
「なァめるなァァアアアアアッッッ!!!」
槍への対応が反射であれば、この瞬間の絶対正義の挙動は純然たる理性だった。
吸血鬼たる己の衝動を調伏し続け、己を正義あらしめんとした純銀の理性が彼の身体を最高効率で動かした。
積み上げられた研鑽の結実、およそ神域にさえ到達するそれは出遅れたという事実をさえブチ抜き、女の一撃とほぼ同時に―――
「―――知っていた」
その呟きをとらえる余裕は、女にも絶対正義にもなかった。
けれど確かに告げたのだ、知っていた、と。
ところでオノは魔術狂いである。
自作の魔術式などという埒外の技術を平然と行使する、ともすれば英傑に並び立つ―――否、空前絶後という意味でははるかに凌駕するかもしれないほどの。
彼女はそれを己の好奇心のままに振るう。
だから自分の魔術式に改善の余地があれば当たり前に改善しようとする。
それは例えば質量の増加であり―――例えば兵器としての欠点の補填もまた、一環なのだ。
知っていた。
酸化を妨げられれば効果を発揮しなくなる可能性を彼女は知っていた。
反応性の高さゆえに油の中に保存されるような物質も存在しているのだ、そもそも着想はその実物から得ている。
だから知っていた。
この場でそれを実行する手段はとても限られていて、なるほど血液によるコーティングというのはなんとも不死者らしい、オノに思いつかないものだった。
だが、知っていた。
この場での対処はせいぜい表面を覆う程度のことだろうと。
次点はもろともに消失させられるという可能性だったが、よく分からないが互いに攻撃を向けあっているらしいふたりはそうしないだろうとうっすら予感していた。予感が外れるようならばさすがに現状はどうしようもない。
だから当然、できる限りの対処をしてあった。
―――バギャッ!
と。
槍が、突然粉々に自壊する。
表面を覆われていただけの槍が、粉末とさえ呼べるほどに粉々に。
体積に対する空気との接触面積の急増。
粒子の一粒一粒が反応を引き起こし、空気を喰らいつくして、まるでそれに成り代わらんとするかのように絶大の膨張を引き起こす。
女と絶対正義による全力激突と、それはほぼ同時の出来事で。
かくして三者の有する最大暴力は、教会だった燃料の中央でさく裂した―――




