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かくして竜は空に謳う  作者: くしやき
第一章 絶対正義
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015 【幕間】絶対正義の再生

ヒュミリッド王国最大の湖―――アルノー湖。

霊峰に連なる山脈から注ぐ美しく澄んだ湖面はさながら巨大な鏡のようで、その時その時で異なる自然の絵画を見せてくれる。

その横を通過する列車からの眺めは見事のひとことに尽きるもので、一説では運行ルートを決める際にはこの湖を基準としたのだとすら言われていた。


そんなアルノー湖には一体の亜竜が住んでいる。


亜竜とは、ただ偶然竜と似通った姿かたちを持ち、そしてかつてそれを命名した人間からすればどちらも天災としか思えないような恐ろしい生物であったというだけの存在だ。

竜と名を持ちこそすれ、竜との実質的な関わりはほとんどないただの魔獣。


そんな中でも彼女は、その清らかな水に誘われていつしか住み着いた水竜だ。

気性は穏やかで、基本的には湖底にて悠々と住まう彼女は、湖を汚さない限り人間たちに牙を剥くこともなく、むしろその美しさからアルノー湖の守り神存在として人気を博していたりする。


そんな彼女は、その日とても怯えていた。

とても怖いものが近くを通っていたから。

本能で分かる、絶対に触れてはいけないもの。

幸いにして彼女に意識は向けられていないものの、うっかり見つかってしまうのも怖いので湖の底で隠れていた。


途中、その気配がもっと強くなってとてもびっくりしたけれど、それからしばらくして気配は遠ざかって行った。


どうにか大丈夫だったらしい。

ほっとした水竜は、そこでふと、湖に落ちているゴミに気がついた。


なにかとげとげとした血の塊。気配だけで湖が汚れるようななにか。

しかもだくだくと血液が流れ出ていて、水質的な意味でもどんどんと湖を汚している。


むっとした彼女は、すぐにそのゴミに近づくと、そのぎざぎざの牙でもってじゃむじゃむとゴミを食べてしまう。

亜竜であり、大体のものは噛み千切ることのできる歯と大体のものは消化できる臓器を持っている彼女は、そうして湖に落ちたゴミを食べて掃除することがよくあった。


例えば水面を滑る木の器みたいなもの、汚いものの入った金属の缶、あとは泳ぐのが下手な肉の塊なんかはたまに食べる。


知能はあれど知性のない彼女はゴミを出しているのが誰なのかなどと言うことにはまったく興味がなく、ただゴミがあると嫌、無くなると嬉しい、くらいの気持ちでいるので、一部の人間からすればそういう意味でも人気だった。なにせ亜竜のクソなどだれも検分しない。


ともあれ血の塊をしっかりと食べた彼女は、それから水に溶けていく血液の中でその身をぺかーと輝かせる。生来よりその生体回路が構成している魔術の力によって、彼女は水の中の汚れを浄化することができるのだ。


しかしどうしてか、血液はなかなかなくなっていかない。


すこしは効果があるような気がするのだが、とても間に合わず、広がって、広がって、広がっていくばかり。


どうやっても消えてくれないので、仕方なく、彼女はざぶざぶと暴れてそれを散らした。水というのはとてもすごいもので、大抵のものなら溶かして薄めてしまうのだと賢い彼女は知っている。そうしてからゆっくりじっくり浄化すれば、すぐにまた元通りになるだろうと、彼女は思った。


―――吸血鬼の血は、けれど、水程度で希釈できるほど薄くはない。


水竜すら眠る夜の中。

静かに澄んだ湖面が揺れる。

そして見る間にざわざわと湖の一部が濁っていく。


赤く、赤く、濁っていく。


血。


水中にあってなお鮮やかな鮮血。


湖に散ったはずの血が、じゅるじゅると集まって渦を巻く。

ぞるぞるぞると、血はまるで影のような姿をかたどった。

悪魔のごとき相貌の巨躯―――上半身だけではあるが。


ぐばぁ、と口を開いたそれは血液で構成された牙を剥き出し音もなく絶叫する。


そんなおぞましい気配に水竜が目覚めた。

するとそこにあったゴミに、彼女は怒りをほとばしらせて鎌首をもたげた。


対する血の悪魔はさらなる血を求めて竜を見定めた。


己を捕食者と疑わぬふたつが殺意を漲らせ衝突する。


絶対強者のぶつかり合いに湖が荒れ狂う。


―――やがて湖は静まり。


湖より這い出た男は、黄金を背負って吠えた。

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