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神子選定の結果、婚約を解消しましたが特に問題はありません

作者: 腹黒兎


世界は全能神によって創造された。

全能神は天地を分けて地上に動植物を創造し、天上に13の神々を創造し、眠りについた。

13の神々は全能神の代わりに地上を見守ってくださっている。


——— 経典より抜粋






愛と豊穣を司る女神エーレを祀る我が国では、5年毎に、秋の豊穣祭で神子の選定が行われます。

神子とは神々の恩恵を受けた者であり、祈りを通じて神へ感謝と敬意を伝える者である。

ふわっとした存在よね。要するに、普通は伝言ゲームみたいに伝わりづらい事も、直通電話で伝えられるって事かしらね。

文字にするとなんだか取次のオペレーターみたいよね。

女神を社長とするなら神子は秘書か受付かもしれないわ。全能神は会長?

少しだけ不謹慎かしら。まぁ、でも暇なんですもの。誰に話すわけではないからセーフよね。


教会の讃美歌をしおらしく見えるように聴きながら、祭壇前に置かれた薔薇水晶を見つめる。

大輪の薔薇の様な形をした水晶は、女神エーレの神子を選ぶ大事なアイテム。

愛を司る女神らしく濃いめのピンク色で、大人の両手に載るほどの大きさ。

候補者が順番に薔薇水晶に手をかざしていき、薔薇水晶が光り輝けば神子と認定されるらしい。前の神子様の顕現は140年前で、映像が残ってはいるけど白黒なのよね。それでも荘厳な感じだったわ。


その映像は神子選定の儀が近くなると放送されるので、正直またか…と思わなくもない。そろそろ飽きてきたので新しい映像が欲しいわよね。

映像では、神子様が手をかざすと薔薇水晶からゆっくりと光が広がってゆらゆらと揺れていた。

実際に見たら綺麗だろうと思う。今なら綺麗に録画できるので、選定の儀の度に録画してる人は多いのではないかしら。


どういう仕組みで光るのかは未だに不明。魔法と科学が発展した現代でも解明されてない。

そもそも、教会の秘宝なのでそんなに研究もできないらしいわ。何かあったら困るものね。

世界七不思議の一つに入ってるオーパーツですもの。

真偽は教会が秘匿してるだけではないかという噂もあるけれど、半々でしょうね。

真実は闇の中。教会だから光の中かしらね。



徒然と考え事をしていたら讃美歌も終わり、国王陛下の祝辞が始まっていた。

この後、教皇様の有難い説法があり、選ばれた7歳の子供たちが女神像に今年収穫された食物を奉納する。それからやっと選定の儀。

長い。

長いわ。

もう、ね。選ぶだけならリレーみたいに順番に手をかざしていけばいいんじゃないかしら。

そうしたら30分もかからなくて終わるのよ?

いえ。分かってはいるのよ。

教会の権威とか見栄とか色々あるのよね。国の体面とか威信とか。こういう儀式にもちゃんと理由があるのは分かっているのよ。

ただ、国王陛下の祝辞って長いのよ。長い上につまらないのよ。

もう欠伸を噛み殺すのに必死よ。頬の内側の肉を噛んじゃったわ。どうしてこんなにスピーチが下手なのかしら。

悪い方ではないのよ。そこそこ有能で国民にも愛される方なのだけど、優しいお声とゆったりとした話し方に加えてつまらない内容ときたら眠くもなるわよね。動画配信で『必ず眠れる映像』として密かに人気が出てるらしいわ。

教皇様は、ジョークを混ぜてくるし、教典を分かりやすく話してくれるので飽きないのよ。親しみある猊下として有名なの。

だから余計に陛下の話し下手が浮き彫りになるのかしら。



神子候補たちが選ばれるには条件がいくつかあるの。

先ず、エーレニスト教である事。

15才以上の女性である事。女神だからかしら?なんで女性なのかは不明。

光魔法を持っている事。これは、複数持ちでもいいし、魔力の大きさは関係ないらしいわ。

一度も選定を行っていない事。

以上の条件に当てはまる者が、各地の教会でさらに厳選されるの。その方法が教会に必ず安置されている女神像に祈る事。これで何が分かるのかさっぱり分からないけど、神父様が女神像を見て判断してるので何かしらの判定方法があるのでしょうね。

そういう風に選ばれた神子候補が私も含めて14人。これが多いのか少ないのかは分からない。

分かっているのはもうしばらく睡魔と格闘しなきゃいけないって事ね。




ようやく選定が始まりました。

1人ずつ順番に、女神像へお祈りをしてから薔薇水晶に手をかざします。

私は7番目。

ちょっとドキドキしながらも手をかざしてみましたが、全く光りません。

予想通りとはいえ、少しガッカリしたわね。

私の光魔法は、暗闇を照らすランプぐらいの灯りを点けたり、擦り傷を治す程度の治癒魔法しか使えないお粗末さなんですもの。これで光ったら何かのドッキリ大作戦かと疑ってしまうわ。

魔力の強さは関係ないとは言っても、このショボさで神子とか言われたら驚きよね。


今年もいないのかしら。なんて気楽にこの後の予定を考えていたら、歓声が聞こえました。

祭壇前に目を向ければ、薔薇水晶が内側から光っています。薔薇水晶を中心にパッションピンクのような濃いピンク色の光が揺らめいている。

神聖と言うよりなんだか、一昔前のラブホみたい。

……行った事なんてないわよ?テレビとか雑誌とかで見ただけよ!?



よくよく見れば、薔薇水晶を光らせたのはフェデリカ・アルコマーニさんでした。

同じクォルマッジ学校の同級生です。クラスが違うのでお話した事はないけれど。

良くも悪くも『恋多き女』と噂が絶えない有名人です。

入学してから2年間の間に別れた恋人は9人だとか。二股とかは無く、3日で別れた事もあるとか。

すごいわね。同い年とは思えませんわ。

記念すべき10人目の恋人がまた有名人で……、あら、噂をすれば。


「フェデリカっ!やはり君は素晴らしい」


臨席していた噂の第二王子のシャルル様が駆け寄って行きます。

何をしてるのかしらね、あのボンボンは。

生中継で国内外に放送されてるのよ。

あれほど言動には注意しろと何度も何度も何度も注意したのに、聞いてないのかしら。

本当に、TPOを見誤るのが得意な方だわ。


「フェデリカ」

「シャルル殿下」


互いに両手を握り合い、見つめ合う2人。

映画や劇ならばここで盛り上がるBGMが流れてるわ。

上から紙吹雪とか天使の羽が降るんじゃないかと上を見上げてしまったわ。

終息し始めた薔薇水晶から発せられるピンクの光が揺らめくせいか、なんとも言えない妖しげな雰囲気にしかなってないけれど。まるでメロ……いえ、何でもないわ。


お互いしか見えていないお2人に声をかける勇者はまだいない。

あそこまで没頭できるのはある意味羨ましいわ。………いえ、そうでもないわね。私には無理だわ。ただの恥でしかないもの。


「愛しのフェデリカ。やはり今日、ここで宣言しよう」


感極まったシャルル殿下が無駄に整った顔に笑みを浮かべて「アンリエット!」と私の名前を呼びます。

こんな場面で呼ばないで欲しい。嫌な予感しかしません。

でも返事をしない訳にもいかないので、ため息を押し殺して微笑を浮かべた。


「はい、殿下」

「婚約者の君には悪いが、私はフェデリカを愛してしまったんだ。そのフェデリカは正に今!神子となった。神子となれば私の伴侶としても相応しい。よって、君との婚約は破棄し、私は新たにフェデリカと婚約する」


断言しましたわよ、このボンボン。しかも破棄ですって。言葉を選びなさいよね。

何かしらの効果音があれば完璧な三文芝居だわ。

唯一良かった事はピンク色の光が消えていた事かしら。あの光の中ではまるでコメディですものね。


本当に色々と残念すぎる。

だから、顔だけ王子とか夢見王子とか言われるのよ。私がどれだけフォローに回っていたことか。

思わず半目になって、抱き合う2人を眺めてしまったわ。

頭痛を抑えるように右のこめかみに手を当てる。

本当に、このボンボン王子をどうしてくれよう。

神子選定の儀式ってテレビ中継されてるのを知らないの?生放送なのよ?

定点カメラで全体を撮っているし、マイクもカメラ付近に1箇所だけしか設置していないけど、あんな大きな声なら確実に流れてるわね。我が国と主要各国に生中継されてるんですよ、この騒動が。

この事態を私が収めなきゃいけないのかしら。ヤダわ。心底嫌だわ。気絶できるならしたいぐらいよ。

残念ながらあまり儚くない私の精神では気絶は無理だった。

仕方なしに殿下と話そうとしたが、意外な事に教皇様がシャルル殿下に向き合ってくれた。


「シャルル殿下。ここは大聖堂であり、今は新しい神子の誕生が確認されました。その様な事は別の日に改められるのが宜しいでしょう」

「だが。私の決意を、フェデリカを想う気持ちを、皆に知ってもらいたかったのだ」

「殿下のお心はよく分かりましたが、婚約者殿のお気持ちはお考えになられましたか?」


ぐっと詰まる殿下。

いいですわ猊下。そのボンボンにもっと言って差し上げてください。


「猊下、ありがとうございます」


教皇様に向けて左手を胸に当て右足を少し引きスカートを抓んで頭を下げる。

今度から猊下推しになりますわ。前々からその笑い皺のある目尻や、穏やかな口調に好感はありましたもの。

ええ。猊下の足元を固める為にも、父に寄進させますわ。

私、恩義には報いる主義ですので。




その後、教皇様の取り計らいで神子認定の儀式は上手く誤魔かし……取りまとめられました。

そして、別室で再度話し合いという茶番が始まりました。

本音を言えば、父に丸投げしてしまいたかったんですが、父に捕まり大聖堂にある貴賓室まで連行されました。


急遽設けられたテーブルの上座に穏やかな表情の教皇様が座り、右手側に渋面の陛下と沈痛な殿下、その隣に笑顔のフェデリカさんと顔色の悪い彼女のお父様が座り、左側に私と無表情な父が座ります。

なんだか豪華な家庭裁判所の様だわ。いえ、行った事はないけれど。


「アンリエット。君には申し訳ないと思うが、やはり愛のない結婚など神を冒涜する行為だと思うのだ」

「お前は黙っていろ」


口火を切った殿下の頭に陛下の拳骨が落とされました。


「ロイジャー。愚息が失礼をした」


ロイジャーは父の名前です。

私の両親は陛下と学校からの付き合いで、嫁いで来られた王妃様とも懇意にして頂いている。

だから、互いの子どもで婚約という話が出てきたのよね。


「全くだ。もっと厳しめに再教育された方が良いのでは?思慮が足りないにも程がある。能天気王子だの、乙女王子だの言われているのにまだ渾名を増やす気か」


乙女王子は初耳だわ。ボンボン王子よりはマシかしら。

それにしても、お父様もよくご存知ね。


「なっ、不敬ではないか」

「黙っていろ。良い。この場の発言は不敬に問わぬ」


憤る殿下の頭に二発目が入りました。あれは痛い。


陛下とお父様の間で着々と話は進んでいきます。

生中継もされているので婚約破棄の撤回は難しいと言うことで、私にも意見を聞かれましたので婚約解消にしてもらいました。むしろ私から破棄を突きつけてやりたい。

婚約者の地位に未練など更々ないので、異論はありません。むしろ、出来の悪い弟をフェデリカさんに押し付けてしまう罪悪感が……無いわね。あら、微塵もないわ。むしろ心晴れやかなくらい。


王子とフェデリカさんの婚約発表は少し時期を置く事になったけれど、決定事項となりました。

言っちゃったものね、公共の電波で。しかも生放送。流石の陛下も撤回出来ないですよね。

決定した時の二人の喜びの表情にイラっとしましたが、すかさず陛下の拳骨が王子の脳天に入ったのでよしとしましょう。


教皇様曰く、神子と王子妃の兼任は問題ないらしい。

神子に処女性は求められてないものね。仮に求められていたらフェデリカさんは神子になれるはずありませんし。

渋い顔の陛下と穏やかな表情を崩しもしない教皇様の承認を貰い、殿下とフェデリカさんは手に手を取って喜んでました。

だからTPOを考えろと何度も何度も何度も伝えたのに、まるで分かってない。

仕方なくちょっとだけ発言させてもらう事にした。


「シャルル殿下、フェデリカさん、おめでとうございます」


にっこりと微笑めば、殿下とフェデリカさんは手を繋いだまま嬉しそうに笑った。


「フェデリカさん、これから大変だと思いますが頑張ってくださいね」

「ありがとうございます。まさか応援してもらえるなんて思っていなくて。私、アンリエット様の分まで頑張りますね!」


ええ。頑張ってくださいね。

と言うか、やる以外の選択肢など無いのですけどね。すでに崖っぷちだと分かってるのかしら?


「でも、凄いわ。さすが神子になる方は違うのね。神子の義務に加えて、王子妃教育までされるなんて、私のような凡人にはとても真似出来ない事ですもの」

「そうですな。しかし時間は有限。今夜から神殿に居を移して頑張ってもらわねばなりませんな」


教皇様がいいタイミングで話を繋げてくれる。

やっぱり素敵です、教皇様。推させてもらいますわ。


「え?今夜から?……何を…?」


首を傾げるフェデリカさんは、もしかして神子の義務をご存知ないのかしら?

まさかね、あり得ないわよ。神子候補に選ばれた時に分厚い教本を渡されて読んでおくように厳重に言われたもの。


「頂いた教本に書いてありましたでしょう?神子は朝夜の祈祷があり、祈祷前には神殿地下にある泉で禊を行わなければならない。そして、各地の神殿へ巡幸しなければならない。もちろん、教会の事や神子の事も勉強しなければなりませんのに、その上妃教育と王子妃の務めもするなんて、フェデリカさん、いえ、神子様はなんて有能なのでしょう!我が国は安泰ですわね」

「ご安心なさい。ちゃんと食事と睡眠の時間だけは保証しましょう」

「シャルルが公言したからには仕方がない。だが、多少の無理はしてもらうぞ。そうでなければ間に合わん」


好々爺のように笑う教皇様。素敵ですわ。

陛下も渋々と妥協したようです。仕方ないわよね、ご子息の尻拭いですもの。

それに、こうなるまで放置した陛下の落ち度でもあるから必死よね。


「えぇ!!聞いてません!そんなのっ」

「口頭で説明はしていませんが、お渡しした教本は読むようにお伝えし了承も頂いたはずですよ」


聞いてませんは無理があるわ。候補者全員の前で伝えられた事だもの。

顔が青褪めてるけど大丈夫かしら?でも、愛しのシャルル殿下もいらっしゃるから大丈夫よね。

まぁ、私には関係ない事ですし、どうにかするでしょう。ええ、1セル単位で関係ありませんもの。


さて、婚約も無事に解消されましたし、お暇致しましょう。これから先は私に関係ない事ですもの。

絶望的な表情の神子様と、それを宥める王子様たちを置いて退室します。

お父様はまだ残るそうです。ほどほどに頑張ってくださいね。私は先に帰りますわ。

私の周囲もしばらくは騒がしくなるでしょうから、避暑地にでも行こうかしら。

王子と神子様を祝福しつつ、傷心を装う事にしましょう。信頼できる新聞社とリポーターに連絡すればいいかしら?帰ってお母様と相談ね。


二人の事を手放しで祝う気にはなれないけれど、別に恨んでるわけでもないのよね。

なんと言えばいいのかしら。婚約が決まってからそれなりに勉強した時間とかフォローに回っていた時間が虚しくもあり、それが無くなった事の解放感もあり、複雑だわ。

………でも、それだけ好きあってるならちゃんと乗り越えなさいよって励ましてあげたい気持ちもあるのよ。

こう考えると私の気持ちって身内寄りね。

嫌だわ、精神的に枯れてない?私。

身軽になった事だし、素敵な恋でも探さなきゃね。



それよりも、今一番の関心事は、今回の神子選定の映像がどう加工修正されて保存されるのか。

あのムーディな薔薇水晶の光をどう荘厳華麗に見せるのかしら。

教会と放送関係者の技術に期待ですね。

楽しみだわ。


お読みくださりありがとうございました。


作中で主人公アンリエットの身分などについては、王子の婚約者だった事が分かればいいので詳しくは書いてません。


※誤字報告ありがとうございます。とても助かりました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 愛と豊穣なら婚約破棄しないで全取りしろよ!とか水晶の前でおっぱじめなさいよーとかそんな感じの神託が来そうなのには笑う。とりあえず、無駄な外向けの権威部分を取っ払えば何とかこなせるんじゃないか…
[一言] 神子選定時という限られた時間内なのに、婚約破棄モノ(実際は婚約解消ですけど)を不自然なく入れてきた所に作者様の腕が見えます。短編の中に盛り込む内容って難しいですよね。同じ書き手として凄いな、…
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