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混血の兄妹 -四神の試練と少女の願い-  作者: 伊ノ蔵 ゆう
第2章 四神 ー4玄武
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4-11 智奈と父の願い

 霈念の言葉は、その湖にぴんと緊張を張った。


「でも、それって、つまり死んじゃうってことでしょ。お……お父さんが」


 智奈がしどろもどろに聞くと、霈念はにっと歯を見せて笑い、智奈の頭に手を置く。

「俺が霧亜を失わずに済むなら、こんなありがたいチャンスはないよ」


 と、霈念はロクリュに向き直る。

「少し時間をもらえるか」

 ロクリュは柔らかく微笑み、頷く。

「いくらでも」

「ありがとう」

 霈念が礼を言うと、目の前に手を伸ばす。


 智奈の瞬きの間に、傷だらけの能利とラオ、横たわる霧亜。そして両腕を無くし、呻く秀架と、その傷を自分の頭に巻いていた布でなんとか止血しようとしている軽傷のクイがそこに集められた。


「まずは、治してやるか」


 霈念が言うと、智奈たちの周りが、大きな円に光りだす。智奈の魔術によって負傷した怪我が、霈念も含め治っていく。

 秀架の腕の痛みが消えたのか、呻くことはなくなったが、その腕が元に戻っていることはない。


 霈念はしゃがみこみ、秀架の腕のない肩をぺちりと叩く。

「こみえの依頼だったとはいえ、俺たちの大切な人を奪った、奪おうとした報いだ」


「殺さないのか」

 諦めているように、脱力してなんの抵抗もしない秀架。


「ああ、殺さない。お前には、一つ呪いをかけよう。俺が、子供たちの傍にいてやれなくなるならな」


 秀架に手を伸ばす霈念の手を、クイが振り払った。

「もう、秀架はこんななのよ! かけるなら私にかけなさいよ」

「やめろ、クイは俺についていただけだ。かけるなら俺だけにしろ」

「秀架!」


 霈念はため息をついた。

「これから、妻の後を追って死のうとしてる男の前で、痴話喧嘩とかやめてくれる」

 すると、黙らせるように右手でクイの首を、そして左手で秀架の首を掴みあげる。

「安心しろ。お前ももちろん呪いをかけるよ」


 初めて抵抗の意思を見せた動きをした秀架だが、霈念の魔術に成すすべがないのか、観念したようだった。

 霈念に掴まれる二人の首から、肉の焦げる匂いと音、そして煙が上がった。

 二人の、痛みに耐える声。

 霈念が手を離すと、掴まれていた首元に、魔法陣が火傷のようにただれて残っている。

 クイは首元を押えてむせ込んだ。


「これは、俺が死んでも一生残る。お前らは、今後、智奈と霧亜の二人に助けを求められたら、いつ何時でも助けに来い。二人を攻撃することはできない。絶対にだ」

 と、クイの手を掴んだかと思うと、智奈の頬をクイの手で叩かせようと引っ張る。


 智奈は目をつぶった。

 パンと何かが爆ぜる音と共に、クイの悲鳴があがる。


「クイ!」

 秀架の慌てる声。


 おそるおそる目を開けたが、いつの間にか誰かが智奈の目を覆っていた。

「ちょっと、あれは見ない方がいい」

 声は能利だった。


 目の前で、自分の魔術で、兄の同級生とその家族を殺したのだ。今更見るに堪えない物などない。


「言葉通り、爆ぜるからな。気をつけろ。魔術も同様だ。今度は足をなくしたくないだろ」


 能利の手による暗闇の中でも、霈念の魔力の流れを感じる。クイの手を治しているのか。

「お前さんの手は治してやろう。だがお前の腕は、可愛い娘がつけた傷の結果だ。妻の仇を討たない俺からの情けとして受け取れ」


 能利の、智奈の目を塞ぐ手が離れ、視界が開けた。

 霈念を睨みつけるクイの手は、何事も無かったかのように元に戻っている。


 霈念は、次に能利とラオに目を向ける。


 ビクリと肩を震わせたのは能利だった。

 霈念が能利に声を掛けようと口を開いたが、能利に先を越された。

「封印の体術を、智奈に戻してやってくれ」


 霈念は驚いた様子で目を見開く。

「今からその説得をお前にしようとしてたんだが……どんな心境の変化だ?」


 能利は目を伏せると智奈をちらりと見た。

「こみえの力を目の当たりにした。俺に、智奈の力は扱いきれない」


 霈念は息をつくと、能利の頭をがしがしと撫でる。

「こいつらを、守ってくれてありがとう」

 能利は大人しく頭を撫でられている。その口元は、少し緩んでいた。


 霈念が能利の右目を隠す前髪をかきあげる。そこには、赤く痛々しい傷のような魔法陣が鈍く光っている。


 人差し指と中指を魔法陣の真ん中に突き立て、ゆっくりと時計回りに手首を捻る。

 金庫を開けるような、カチカチと鍵が解放されていく音が聞こえてくる。

「こーの魔法陣作るの大変だったんだからな。そのせいで、簡単に解除してやれなかつた。すまない」


 カチャリと最後の音がする。霈念が、能利の右目を拭うように手を当て、下へと下ろす。もう、能利の右目に痛々しい魔法陣はなかった。


「ゆっくり目開けて。数年ぶりの光だろ」


 言われるがまま、能利は片目を恐る恐る開く。左目と同じく、琥珀色に輝く瞳が顔を出した。


「問題ないか?」

 霈念の問いに、能利は頷いた。

「よし。じゃあ、頑張った能利にご褒美だ」


 と、霈念は能利の頭を両手で掴むと、グッと力を込めた。

 両目見える能利の瞳が、ぐるりと回る。目を回したのか、倒れそうになるのをラオに支えられる。鼻から、血が流れていた。


「悪い悪い。膨大な量過ぎたか」

 霈念は、能利の鼻血をコートの袖でで拭ってやる。

「魔術学校じゃまず習わない、俺が研究した魔法陣封印学の知識だ。知識だけじゃ何も出来ないが、鍛錬すれば、魔術の幅が広がる」


 能利は目をむいた。

「なんで俺に。霧亜とか智奈に渡せばいいだろ」


 霈念は頭をぽりぽりとかく。

「智奈にそんな知識あげたって、なんの事やらさっぱりだろ。お前が勉強熱心なのは知ってるよ。長い間お前も子供たちと一緒に見ててな、沸いた親心だ。霧亜と智奈と共有して、研究して、俺を超えてくれ」


 にっこりと、また能利の頭に手を置く。

 能利は、反論をしようと口を開けたが、渋々諦めた。


「さて、わんぱく坊主にも、お礼をしなきゃな」

 霈念は能利の隣にいるラオに目をやる。

「ちょっと待ってな」

 そう言うと、突然姿を消した。

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