4-8 霧亜と生命禁術
「てめえ、のこのこ出てきてんじゃねえ!」
オレは秀架に向かって滝のような大量の水を降らせ、薄く鋭い風を練り上げるとその円盤のような風を投げた。
風は滝を切って猛スピードで秀架に向かっていく。秀架からは風は見えないはずだ。
秀架に当たったかと思ったが、クイが秀架を抱えて隣へ飛び退いていた。
二人に向かってオレは走り込む。
もう、何でもいい。傷を負わせるだけでも、こいつが仕事ができないくらい痛めつけられるなら、それでいい。オレがこいつの毒を食らったって、最後まで足掻いてやる。
母さんを殺して、智奈を狙うやつなんだから。
「どうした? 何かあったか?」
オレの、今までと違う気迫に秀架は眉を顰めた。
このクズペテン師が。
「てめえだろ。てめえが母さんを殺したんだろ!」
オレの言葉を理解すると、秀架は人が変わったように、嬉しそうににやりと口角をあげる。
「ようやく気付いたのか。どこで知った。親父さんか?」
オレの体術による攻撃はクイに弾かれるが、その合間にあらゆる水、風、土の魔術を使って秀架に攻撃を繰り出す。
「ちょっと、目の前の敵ちゃんと見なさいよ」
またクイに丹田を狙われるが、それを防いで秀架に水で作った鋭利な針を飛ばす。
それは秀架の毒霧で防がれた。
「なんか、あの時より体術様になってるじゃない」
どこか嬉しそうなクイの声。
「こみえ弥那の言う通り、お前の記憶は消させてもらった。良い奴だろう、俺は」
秀架の言葉に、クイは笑う。
「悪趣味な男」
「てめえ!」
「霧亜!」
オレが二人に突っ込もうとした時、首根っこを掴まれたように、後ろに引っ張られる。
「落ち着け」
転移魔術で、能利に引き戻されていた。
「あいつは、何なんだ。何でそんな攻撃したがる」
能利の言葉に、オレは玄武のせいで見た夢のような出来事を思い出す。
母さんの苦しそうな声。今まで忘れていた、忘れさせられてた、最期の声。
「あの男は、許さねえ。あいつは、母さんの仇だ。今、あいつらに智奈も狙われてる。絶対……絶対殺す」
「……そうか。あいつらも来るぞ」
能利が顎で指したのは菅野家族だ。三人は、四神が現れたことに驚いていたが、オレたちに意識を変えたようだ。
「ヒトは本当に生き急ぐな。いいぞ。納得いくまで闘り合え」
玄武が言う。
こんな四神が集まった所で戦闘開始なんて、ラストステージもいいとこだ。
「霧亜が死んじゃったら、願い事は誰か別の子に叶えさせてあげるわよ」
朱雀が高く笑い声をあげて言った。
縁起でもない。
菅野に構ってる場合じゃないくらい、今は秀架をどうにかしてやりたい。
「殺したら、ただの救済だぞ」
能利が、変なことを言う。
顔を見ると、伏し目だった琥珀の目をこちらに向けてくる。
「殺すな。ギリギリまで追い詰めろ。腕や足の一本くらい奪ってやれ。ただ、殺すな。あいつと同じことはするな」
あいつと同じこと。
あいつを殺したら、オレみたいなのがまたできる。クイがそうなるかもしれない。
そうだな。
「霧亜、俺たちはあの家族をなんとかするから、お前はそっち行け」
オレが、秀架しか睨んでないことに諦めをつけたのか、能利はそう言ってオレの背中を叩いた。
「さんきゅ」
「ラオ、行けるな?」
能利の言葉に、ラオは大きく頷く。
「よし、踏ん張るぞ。ナゴとクズネは智奈を守れ」
能利に言われ、獣化した二匹は頷き、まだ玄武に精神を連れ去られているオレの妹の盾になって立つ。
オレたちを間に挟んで前に秀架とクイ、後ろに菅野家族が立っている。
オレは秀架たちを向いて、能利とラオは菅野親子を向いて、背中合わせになってる。
観戦者は四神御一行。申し分ない豪華な観客だ。
誰も喋らない沈黙が流れた。
誰がスタートを決めたわけでもなく、全員が一斉に、向かうべき相手へと硬い湖を蹴り出す。
水が、炎が、衝突して突風が吹き荒れる。雄叫びが渦巻く。
「俺を殺しても、こみえは他の殺し屋を雇うだけだぞ」
「それでもてめえは許さねえ!」
クイの動きが、見えるようになってた。
秀架の毒も、水と風で吹き飛ばせた。
あとは、致命傷を与える勇気さえあれば。
「霧亜!」
遠くで、戦闘をする能利とラオの声がした。
「生命禁術・炎貫穿孔」
菅野の声。
その場に、赤い閃光が迸った。眩しくて目を細める。
生命禁術なんて、初めて耳にした。
魔術学校の授業の中でも、重要な内容だったからか、クラス全員で、サダンに教わった魔術の一つだった。
人を殺すためだけに行われる、五行においてそれぞれある禁術。
そのうちの一つ。テストに出るから、覚えてただけの言葉が、実際に耳に聞こえるなんて。
はっと、秀架とクイが、動きを止めた。
これはチャンスと思って二人に攻撃をしようと魔力を練っても、何故か魔術が発動しない。魔力が切れたか。それじゃあ、と体術で二人に攻撃しようとしても、身体が動かなかった。
なんでだろうか。
まあ、二人も攻撃してこないし、よく考えよう。
そんなゆったりのんびり考え事をしていると、後ろから菅野の嬉しそうな声がする。
「やった! やったあ! これで壮介に会える!」
飛び跳ねて、母親に抱きつく菅野。
ああ、良かったな、菅野。お前、本当に壮介のことしか話しないな。
それにしても、能利たちまで攻撃やめてるじゃんか。ビックリした顔でこっち見やがって。
ちゃんと、あの強そうな家族の相手してくれよ。オレはクイと秀架にかかりきりなんだから。
突然、目眩がしたように、天地が逆転した気分になった。平衡感覚がつかめなくなって、オレはその場に後ろへと倒れ込んだ。
「霧亜!」
誰の声がわからない。
誰かの叫び声が、遠くなる耳に聞こえてくる。
なんでだろう。
状況を把握したくて目を凝らしても、視界が暗くなっていく。
後ろに倒れて、打った頭が痛くないのもおかしい。
手足を動かそうとしても、動かない。
なんだか、全てが無になった感じだった。
オレ、一体どうしちまったんだ?
そんな気分のまま、だんだんと眠くなって、こんな大事な戦闘中のはずなのに、オレは目を瞑った。