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混血の兄妹 -四神の試練と少女の願い-  作者: 伊ノ蔵 ゆう
第2章 四神 ー3白虎
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3-1 クイと子を護りたい男

———— Qui



「ご乗船ありがとうございました」

 女性の船長が、船の出口に立って乗客へ挨拶をしている。


 こみえ一族から殺すように依頼を受けた『暁乃智奈』を追って、体術師の女クイと殺し屋を営む魔術師である秀架しゅうかは、ガンに向かう船に乗っていた。

 青龍から暁乃智奈を殺さないよう圧を受けたとはいえ、せっかく見つけたターゲットを逃すわけにもいかない。青龍の言うことを聞くより、自分たちの身の安全を確保したい。このまま殺さずに時間が過ぎたら、依頼を受けた秀架が依頼主に殺される日も遠くないだろう。それほど、こみえ一族は短気で恐ろしい一族だ。


 船長の挨拶に会釈をして、クイと秀架は船を降りた。

「次回は、是非お金を払って乗船してくださいね」

 後ろから声をかけられた船長の声に、クイと秀架は驚いて振り返る。女性船長はにっこりと笑いかけてきた。

 特に報復をされるわけではなさそうだった。クイと秀架は再び会釈をしてすごすごと船を後にする。


 クイは初めての、ガンの地を踏み締める。裸足であるクイは、すぐに地面が木であることがわかった。

「木でできてるの?」

 クイの質問に、秀架は遠くを指差した。その指先を辿ると、木の幹と生茂る葉が見える。ここからあの木まで相当遠いはずだが、大きさは目の前の木くらい大きく見える。相当大きな木のようだ。

 殺し屋を営む秀架は、各地を渡り歩いているため、地理や気候などなんでも知っている。学のないクイの兄のような存在だった。


「まさか、この地面あの根っこでできてるっていうの?」

「そうだ」

 ふうん、とクイは地面の木の根に触れた。

「素敵な自然の島じゃない」


 ルルソの砂地で育ち、嫌いなものは人工物と魔術。自然の多いマンダの森も、最高の地だった。

 魔術は嫌いだが、クイはこの秀架という魔術師と生活を共にしている。

 秀架は、クイと共に行動していたロクリュを拾ってくれた命の恩人だ。たとえ彼が魔術師でも、彼の魔術だけは許せる。


「またあの子いなくなったのね」

 クイと秀架は、突然姿を消したロクリュを探していたため、船客の最後に船を降りたのだった。ロクリュは結局見つからなかった。

 彼女は、秀架がクイと同じように拾った子供だ。よく、どこかに消えては帰巣本能でもあるのか、ふらりと帰って来るため、特に心配しているわけでもなかった。もしかしたら、本当の家に帰ったのかもしれない。


「俺が探してこようか」

 海岸から続く森の木陰から、美しく白い毛並みの狐が優雅な足取りで現れた。

「一応探してもらえるか、ケイゾー」

「ロクリュの匂いは覚えてるぜ」

 ケイゾーと呼ばれた白狐は、けけけ、と頭を振って笑う。

「水面走れるし、見た先に移動できるし、俺様って天才だよな」

 白狐のケイゾーは、秀架の獣化動物だ。まだ生まれて百年も経っていない子狐で、獣化しても、クイが辛うじて乗れるほどの狼くらいの大きさにしかならない。

「頼むぞ。一時間探してもいなかったら、帰ってきていい」

「帰ったら油揚げな」

 女が瞬きをする間に、ケイゾーは飛び上がると姿を消した。


 暁乃智奈は兄の霧亜と共に海岸の方に向かったようだった。

 砂浜で遊ぶ若者や獣化動物の姿。

 それを横目に、クイと秀架は森の中を進む。


 まさか伝説の神獣に殺しの邪魔をされるとは思っていなかった。彼女を狙うにあたって、青龍がこれからも邪魔をしてくるのかどうか、見定めなければ、いざ次の殺しも成功はしない。


「それにしてもこの暑さ、ルルソみたいにカラッとしてないから無理だわ。どこか建物の中に行きましょうよ」

 クイが汗を手の甲で拭って、秀架のマントを掴んだ時、秀架がぴたりと足を止めた。

「つけられてるな」


 クイと秀架をつけている何者かは、秀架の言葉で潔く姿を現した。

 この暑いガンの地には似つかわしくない黒いコートの男。秀架もマントを羽織っているが、この魔術師たちはマントで体温を調節している。自然の温度には触れておいた方が身体に良さそうなものだが。


 黒いコートの男が姿を現した瞬間、秀架の気配がぴりりと変わったのをクイは感じ取った。まるで、殺しの前の秀架の雰囲気だ。


「おじさま、良かったらお話聞くわよ」


 クイが黒いコートの男に話しかけた時、無風のはずのガンの森に、暴風が吹き荒れた。その暴風が、クイの頭の布を飛ばす。

 風に揺れ、森の木漏れ日に照らされて、クイの白銀に輝く短い髪が露わになった。


「やっぱりこみえの女だったか。いい色だな、本当に」

 黒いコートの男は深いため息をつく。


「何してくれてんのよ」

 男の木の魔術によって、隠していた白銀の髪を晒されたとわかったクイは、激情して男へと走り込む。

 再びナイフのような鋭い風が襲ってきたが、クイは飛び上がって男の頭上を超えると、背中の頚椎を素早く指で突いた。

 神経を麻痺させ、筋肉繊維の収縮を停止させる。つまり、筋肉である心臓も、この指の突きだけで止めることが可能だ。男は血を吐き出すとどしゃりとその場に倒れる。


「クイ、退け!」

 秀架の叫びに、クイは飛び上がって頭上の木の枝に着地した。

 瞬間、倒れたコートの男の姿はバラバラと紙へと変わり、無数の紙が風に煽られてクイと秀架の周りを舞う。

 その紙に魔法陣が描かれているのに気付いた時、紙が爆発を始めた。

 クイと秀架の周囲にばら撒かれていた紙が一気に爆発する。

 が、クイは自分の周りの紙全てを指で突いて発動できなくしていた。秀架は、毒液を飛ばして魔法陣の紙を無効化している。


「なるほどな、殺し屋とそのガールフレンドなだけはある」

 男の声が、森に聞こえる。

「ガールフレンドじゃない!」

「なってくれてもいいけどな」

「うるさいわよ、秀架!」


 木の上から地に降りようとした時、身体が動かないことに気付いた。硬直した身体が地面へ激突する直前、いつの間にか現れた黒いコートの男によってキャッチされる。

「こみえを動かすと面倒なのは、よく知ってるよ」

 クイを抱き抱える黒いコートの男。クイは自分の足に、魔法陣の紙が一枚張り付いていることに気が付いた。見落としていた。身体が動かなくなったのはそのせいだ。


「気安く触るな」

 秀架の声が聞こえると、黒いコートの男の足元がぶくぶくと泡立ち始める。地面を腐らせる秀架の得意な毒と、土の魔術だ。

 男は瞬時にその場から消える。クイが毒の沼に落ちる前に、秀架が受け止めた。

 クイの足にある魔法陣の紙を剥がし、クイの身体は自由になった。


「うわ! 最悪だよ。いつか霧亜にやろうと思ってたのに」

 数メートル先に現れた男が声をあげる。秀架の毒に触れたコートの先が、煙をあげていた。

 男はコートを脱ぎ捨てる。その両腰には、脇差(わきざし)ほどの長さの刀が二本、挿さっている。

「その刀……どうしてあんたが」

 クイはその刀を見た事があった。こみえの一族から盗まれたという、代々伝わる刀だった。


 男はクイが自分の腰にある刀に目を奪われていることに気付く。

「魔術師が刀とは珍しいか。これは亡き妻の形見だよ」


 そうか、こみえ一族から刀を盗んでいたのは、一族から逃げ出して殺された、この男の妻であり、依頼のあった暁乃智奈の母親、弥那だ。

お読みいただき、ありがとうございます


霈念と殺し屋の二人が対峙する

こみえの刀とは一体?


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