1-1 智奈と青い森
—— —— Tina
その森は、異常なほど青かった。青いペンキを間違えてぶちまけてしまったのではないかと思うほど、土も、木も、葉も、虫も、生息する動物も、全て青い。
森の木は、一般的な茶色と緑の木々ではなく、全ての色相を抜かれ、青色だけ残されたような木だった。この森に、青以外の色彩があることが異質に感じる。この青色だけの森に、妙な圧迫感があった。
ふと自分の手を見ると、やっと別の色相を見つけ、安心する。が、それと同時に自分たちの存在が、異質であると森全体から圧力をかけられているような息苦しさを感じた。
恐ろしいのが、所々でゴロゴロと鳴り響く雷だった。木に雷が落ちたのか、青黒く焦げた木がいくつか見受けられる。いつ、自分たちの真上に落ちてくるか気が気ではなかった。
悪天候が続くためか、青く姿形もねじ曲がったような、おかしな成長を遂げた植物たちが方向感覚をおかしくさせる。
森に入った最初は、よくある普通の静かな森だった。しかし、段々と青色の葉の生える木が登場し、青い動物がちらほらと登場し、いつの間にか目に入るもの全てが青くなっていた。
ここから出れるのか、青い色以外の動植物を見に帰ることができるのか、不安で押し潰される。
「智奈、さっさと歩いてくんね?」
呆れたように霧亜は智奈の尻を足で小突く。
「だって、雷がもし落ちたら死んじゃうんだよ! 霧亜も体制低くしなきゃ死んじゃうよ!」
雷が近くの木に落ちたところを目撃した智奈は、そこから一歩も動かずにしゃがみこんでいた。
いちいち、雷が近くで落ちる度に悲鳴を上げてしゃがみ込む。
「フード被ってりゃ平気だからさっさと歩けって。ロウが作ってくれたんだから心配すんな」
ロウが作ってくれたフード付きのマント。足首まで隠れるもので、霧亜は白、智奈は水色のマントをもらった。
薄い色の刺繍で魔法陣がいくつか縫われていて、これが着衣者の安全を守るものらしい。
簡単なナイフなどは通さず、魔力のこもっていない自然な暑さ、寒さ、火、水、もちろん雷も通さない優れものだ。
数日前の、智奈の体術の力を宿した能利、それからお父さん登場、からの追走劇に、智奈は未だに現実味はなかった。
初めて、本当の父親という人をしっかりと間近に見て、初めて話した。あの、栗色の髪の色は智奈そっくりだ。そして、家で見たお母さんだという人の弥那の名前を出し、智奈の眼を綺麗だ、と言った。最近のキザな男でもなかなか言わなそうだ。
数ヶ月ほど前に、初めて霧亜と会って、生き別れの兄妹だと言われた。
今までのお父さんとお母さんは、本当のお父さんとお母さんじゃないと言われ、本当の両親は違う世界にいる、と言われた。
信じられるわけがなかったが、実際に父親を目の前にして、不思議な感覚におそわれた。
知らない人のはずなのに、抱きしめられると、何故か安心した。
今、第二の世界という世界を超えたドッキリにかかっているのではと思ってしまう。いつ、このお兄様から実は全部嘘でした、と言われる日が来るのか、まだ疑ってしまう。
霧亜はあの後、孤児院時代での能利とお父さんの記憶を話してくれた。
智奈を連れてお父さんが失踪し、母親も無くした霧亜は孤児院に引き取られた。そこで出会ったのが能利という少年。そして数年後、孤児院にお父さんが現れ、謎の封印魔術を二人にかけて、再び行方知れずになってしまったこと。その後、能利も行方がわからなくなっていた、と。
「あたしも大きい音は苦手だから何も言えないわ」
智奈の腕にきつく抱かれるナゴも、震えて智奈のマントを爪をたててひしと掴んで離さない。
「女子は雷嫌いって相場は決まってますもんね」
霧亜の肩に止まるアズは、余裕そうに羽をくちばしで毛繕いしている。
霧亜の仕事だと言われた、四神の調停者。まずは、智奈たちのいたライルという国から一番近い、マンダと呼ばれるところに来ていた。
四神は方角を司っているらしく、東を司る青竜の元へ向かう為、智奈たちはこの森に入ったのだ。
霧亜曰く、必要とされてんだから、方角に向かえばなんとかなるだろ。と、なんともナゴを獣化させる時の教え方と同じく、謎の超感覚で突き進むのだった。
しかし、この青い森、必ず何かありそうではある。
「おいらが見つけて降り立った瞬間、なんか羽がぞわあってしたんす! 絶対何かありますよ、この森」
この辺りを旋回して、青い森を見つけてきてくれたアズが、霧亜の肩で喚く。
ライルを出発し、三日かけてマンダに入った。そして、一日かけて森を進むと、この青い森に踏み入った。
全て、霧亜も智奈もアズとナゴに乗って移動しているため、電車などで移動するのと大差ない。
「おい、この森の食べ物食べれるかわかんないんだし、早く抜けるか青竜見つけるかしようぜ」
風が吹き、雷の轟音が鳴り止まない。むしろ、大きくなった気さえする。
寝る時や食事の時は霧亜が結界を張ってくれるため、野宿をするような外的ストレスはなかった。
昔お父さんと行ったキャンプは散々だったのを覚えている。
「わかった、耳に遮音の魔術かけてやっから、足を動かせ。わかったか」
霧亜は、そう言って智奈の両耳に触れる。
ぼうと少し耳が暖かくなると、車でトンネルに入った時のように、気圧で耳に膜が張ったような感覚になる。
「オレの声は聞こえるか?」
智奈はうなずいた。
霧亜の声は一枚布を隔てたように聞こえるが、雷の轟音は遠くでしか聞こえない。
霧亜はナゴにも同じように耳に魔術をかけてくれる。
「ありがとう」
霧亜は呆れたように息をついて頷き、先へと歩みを進める。
しかし、激しい風と、轟音は肌から、腹から振動を感じる。それでも怖くて、智奈は霧亜のマントを握りしめてついて行った。
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青龍がいるという森にきた霧亜と智奈
恐ろしい謎の森、ここに青龍はいるのか?
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