3-8 霧亜と能利
—— —— Kiria
シガラ能利。それがあいつの名前だ。オレも、孤児院にいた頃に二年くらい一緒に衣食住を共にしただけで、小さかったこともあって特に詳しい奴の素性は知らない。
わかってるのは、両親を亡くして孤児院にいたこと。つまりライル出身ではあるだろうということ。
金髪で、目も琥珀色。動物のような目の色で、陽に当たると赤くも見えるため、智奈はそれを怖がったんだろう。
孤児院でも、能利の目を見たら石にされる、と子供達に言われていたのは覚えてる。だが、能利は孤児院カーストは高かったから、いじめられることはなく、恐れられていた。オレが混血の噂でいじめられてた時は、いつも助けに来た。能利の目を怖がる子供たちは、オレを取り囲んでても、能利が来ると蜘蛛の子のように散っていく。そんな毎日だった。
行方知れずになっていた昔の知り合いが突然現れ、智奈に近付くと右目を押さえて呻き出した。あの時、能利に会えたことで驚きと嬉しさで言葉が出なかった。もっと話したかった。能利の、右目にある封印術は、オレの肩にあるものと一緒だったんだ。
オレは封印魔術に詳しいサダンに話を聞きに、オレの卒業したライアント魔術学校の校長室に来ていた。智奈とナゴも一緒だ。
「封印術式が同じだったのであれば、能利に智奈が近付いたから封印されてる智奈の魔力が暴走でもしたんでしょう」
サダンは、本を開いて調べ物をしている。封印魔術と同時に、能利がどこかの魔術学校に行っていなかったか調べてもらっていた。
「どういうことだ?」
「シガラ能利という名前の子は、全国の魔術学校での就学歴はありません。私がわからない以上、学校は通ってないですよ」
随分と自分が偉いように話すが、実際サダンはこの世界の魔術学校の校長の中では一番有名だ。この学校ライアント魔術学校も、第一の世界でいう東大みたいなもんだ。
つまり、そこの首席卒業のオレはすごい。
いや、そんなことより、智奈が能利に近付くとなんで封印が暴走するんだ?
「その術は、霧亜用に作られた封印術ですから。同じだったってことは、智奈本人が近づいた事で暴走でもしたんでしょう」
サダンは校長室の椅子にゆったりと座っている。何か変なことでも言っただろうか。と首を傾げるが、あ、と、やってしまった、と顔が物語った。
「その封印の内容、霈念から聞いていないんですか」
「孤児院事件から親父は消えたんだから聞いてるわけねえ」
サダンは気まずそうに眼鏡を触ってかけ直す。
「あの事件の時に、伝えておけばよかったですね」
あの事件っていうのは、オレのいた孤児院での出来事だ。
いつも通りに過ごしてた孤児院に、小さな智奈を連れて家を出ていった親父は突然現れた。
能利に教わりながら、孤児院の庭で、簡単な魔術の練習をしてた時だ。
能利は孤児院から学校に通う他の子供たちを羨ましそうに見送ってから、毎日オレに魔術を教えてくれた。能利は一個か二個くらい歳が上だったんだと思う。本当なら魔術学校に通える歳だったんだが、金銭面の余裕がない限り、魔術学校には通えない。
能利は学校には通わずに、独学で本を読んで勉強してた。能利の魔術は、当時のオレからしたら奇跡みたいにかっこよかった。
そんなオレたちの前に、親父は突然現れて、オレに杖を振った。
この魔術学校に入る前のオレは、本当に今からは考えられないくらい鈍臭いガキだった。いつも能利の後ろに隠れて、能利に守られてた。
能利は、まさか杖を振ったのがオレの親父とは知るはずもなく、見知らぬ男が振った攻撃から、オレを庇った。そうして、右目を負傷し、能利はその場に倒れ込んだ。
舌打ちをした親父は、次にオレに杖を振り、そこでオレの孤児院での記憶は途絶える。
運び込まれた病院で目覚めたオレの隣のベッドに、能利はいなかった。
それから、能利は行方不明になった。
親父も、それ以来つい最近まで存在を確認することはなかった。
オレは、次の日から魔術学校の入学が決定していた。親父とも旧友のサダンが事情を知ってくれて、養子として引き取ってくれた。
孤児院時代の話は、サダンにしかしたことはない。能利の存在も、サダンにしかしたことはなかった。
「つまり、オレの肩には、智奈の魔力が封印されてて、能利の目にも、智奈の魔力が封印されてるってことか?」
「見たことないから確実ではないですけど、同じだったんでしょう? 霧亜の肩のものと」
「じゃあ、オレのこの封印に智奈の魔力があるんなら、智奈は今魔術を使えないってことか?」
サダンはうなずいた。
「智奈は今、第一の世界の人間と変わらない量の魔力しかないんじゃないですかね」
オレは智奈を見た。智奈は、理解していないようだが不安そうな顔をして、首元にいるナゴの頭をしきりに撫でている。
だから、ナゴを魔力を使って獣化させることができなかったのか。獣化動物を獣化させる、呼ぶといった行為は、魔術師なら、子供が言葉を覚えるのと大差ない。魔術師の力を継いだ人間が、やろうと思えば自然とできるもののはずなんだ。
「この封印、解くことはできないのか?」
サダンはふうと息をつく。
「習ったでしょう、首席卒業生さん。封印魔術はかけた術者しか解くことはできません。それか、簡単な術式だったら術者が死んだ場合です。霈念の場合、高等な封印魔術式を作ってますからね。自分で解くにも一苦労するくらいの術式ですよ、その封印は。彼が死んだところで解けるとは思いません。逆に、かけられた霧亜や能利が死んだら解けるかもしれませんね」
縁起でもない。
舌打ちを我慢はできなかった。
「クソ親父」
「じゃあ、魔術でナゴを大きくすることもできないの?」
智奈は残念そうにぽつりと呟く。
今、智奈は自分の血を舐めさせてナゴを獣化させている。
智奈の肩にいるナゴは励ますように智奈の頬に頭を擦り付けた。
随分と仲良くなっちまって。
「第一の人間がやろうとした例を見たことないですからね。練習すれば、もしかしたら、希薄な希望はあるかもしれません」
それより、とサダンはぎいと椅子に浅く座り直し、両手を組んで机に肘を乗せた。大事な話でもするかのように。
「シガラ能利に会ったと言ってましたね?」
オレはうなずく。
サダンは智奈を眼鏡の向こうから刺すように見据えた。
「智奈、蜘蛛は好きなんですか?」
智奈は大きく首を横に振る。
「無理です、嫌いです」
第一の世界にいた時、家にゴキブリが出た時も大騒ぎだったもんな。
サダンは深く息をつくと、立ち上がって智奈に近付いた。背の高くひょろ長いサダンが智奈に近付くと、智奈は思わず仰け反ってサダンを見上げる。
三十センチ以上は差がある。
サダンは智奈の肩のホコリかなにかをつまみ上げると、それをひっぱるようにぐいっと腕を持ち上げる。
魔力の糸のがついているのに気付いたのは、サダンが釣り上げたものが校長室の絨毯に転げ出てきた時だった。
「女児をストーカーとはいただけませんね」
釣り上げた獲物は、何が起きたのかさっぱりわからないような、豆鉄砲に打たれた鳩の顔をしている。大物の獲物は、きょろきょろと校長室を見回し、先ずは自分の糸を引っ張りあげた張本人を認識する。そして、隣にいた智奈を見た。そして最後に、オレに目を向けると、頭から足先までじっくりと見回し、口をぽかんと開けた。
「何? 何事? めっちゃ引っ張られたんだけど!」
黒いマントのフードから、毛むくじゃらの何かが出てくる。タランチュラのような大グモの獣化動物だった。
これが大きくなる姿をあまり見たいとは思わない。
智奈はひっと声を上げる。
見ると、サダンの指先には、小さな蜘蛛が糸を伝っている。
片目は髪の毛で隠れて見えないが、それだけでも、驚きで声が出ていない様子はわかった。
オレにあった視線をサダンに変えると、ほっと息をつく。
「助かりました」
サダンは首を傾げる。
「私は君を窮地に追い込むつもりだったんですが」
「襲われてて、死ぬところでした」
ゆっくりと立ち上がる。
「能利?」
オレは十年ほど失踪していた友人かどうか、確かめたくて呟いた。
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明かされる霧亜の過去
2人の少年に封印されたものは、智奈が第二の世界の住人であるべき二つの力だった
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