サッカー部
僕がサッカー部の練習に顔を出したのは、次の日の放課後だった。
子供達を集めると、50名を超える人数の部員が、僕を中心に半円を描くように一斉に集まってくる。
校長から渡されたサッカー部の名簿には部員67名と書かれていた。
公立の中学の部活としては、かなりの大所帯だ。
その全員が固唾を飲むように僕に集中した視線を向ける。
「えー。はじめまして。僕は2年3組の担任の青山隼と言います。」
シーンと、集まった部員からの反応は一切ない。
新顧問就任の話をどう切り出そうかと考えていると、窺うように様子を見る集団の中からはっきりとした口調で声が上がった。
「知っています」
男所帯のサッカー部の中に不似合いな可愛らしい声の主は、僕も良く知る生徒……堀北ひかるだった。
ひかるの事を良く知っているのは、彼女が僕の担当クラスである2年3組の生徒だからだ。
ただ、学年一の美人と言われ、成績優秀、次期生徒会長と予想されているひかるは担任でなくても、知らない教師はいないだろう。
(そういえば、サッカー部のマネージャーをしていると言っていたような気がするな……)
教室での何気無い会話の中で部活の話が出た時に、そんな事を言っていたような記憶がうっすらとある。
頭のキレるひかるを前に状況を説明するのかと思うとうんざりとした気分になる。
「急な話になるんだが……中西先生が退職された。代わりに僕が今日からサッカー部の顧問をすることになりました」
部員達はすぐに言葉を発する事が出来ずに押し黙っている。
急に顧問が学校に出勤しなくなった事態は全員知っていたのだろう。全員が深刻そうな表情で僕を窺っている。
どう説明しようかと考えていると、僕の正面に立つ大柄な生徒が手を上げて口を開いた。
「……青山先生。いいですか?」
「どうぞ」と僕が答えると、その生徒は半円を作るように横並びで並んでいた部員達の一歩前へと歩み出た。
部員を代表するかのように僕の正面に立つと、徐に口を開いた。
「サッカー部主将の須藤 洋平です。中西先生は桐陵に行かれたのですか?」
ぶっきらぼうに名乗ると、僕の目を睨むようにじっと見て中西先生の去就を問い掛けてきた。
その問いは、山崎先生が僕に語ってきた噂話と同じ話だった。
「いや、中西先生の去就は、僕は知らないよ。そんな話を何処で聞いたんだい?」
僕の問いに須藤は不機嫌そうに唇を尖らせる。
「倉科先輩が、桐陵に転校しました。監督と示し合わせていたんじゃないかって皆で話してて……」
答えたのは、ひかるだった。
ひかるのいう倉科というのは、サッカー部のエースプレイヤーだったらしい。
何ちゃらトレセンとかいう単語が出てきたが、その辺のサッカー用語はさっぱりだ。
「中西先生に関しては、実際には分からないな……転任じゃなくて退職されたからな。退職後に私立中学に雇われても情報は入らないな……」
「……そうですか」
部員全員が中西先生の去就が気になっていたのだろう。相槌を返すひかるの声には、がっかりとした雰囲気が多分に含まれていたし、他の部員達もひかると同じ表情を浮かべている。
「まあ、もし本当に中西先生が桐陵に行かれてたとしたら、大会とかで桐陵と当たる事もあるんだから、すぐにわかるはずだ」
いなくなった人の話をしても、状況が変わる訳じゃないのだ。中西先生の話をするよりも、今後の事について話していかなくてはならない。
「いなくなった人の話をしても仕方ない。君達には迷惑をかけるが、今日から僕がサッカー部の顧問だ」
少し語気を強く全員に聞こえるようにゆっくりと言葉を話す。
部活の顧問としての経験は皆無だが、要は授業と一緒だ。伝えたい事は生徒が注目するような話し方をしなければならない。
「そして、始めに言っておくが、僕はサッカーは未経験だ。指導も中西先生のようには出来ないし、熱意もないので期待はしないように……それじゃあ、今日は今までと同じように練習してくれ」
部員に口を挟ませないように、一気に捲し立てた。
サッカー部と僕の関係性の中で、僕が今日成立させたかったのは、僕に期待しないということだ。
未経験の素人にまともな指導など無理なのだ。変に期待されては困る。
部員達は呆気に取られたような表情を浮かべ何か言おうと口を開きかける。
それを止めたのは主将の須藤だった。
須藤は口を開こうとした部員達を手で制すと、
「練習するぞ」
と声をかけ、部員達を連れてグラウンドへと戻って行った。