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8/9

8 十三歳

 やっぱり夜に考え事をするのは駄目ね。

 カーテンを開けて大きな窓の前に立ち、太陽を睨む。


 そこにはあるのは眩いばかりの太陽が、ふたつ。今は見えないけれど、実は月もふたつあるのだこの世界。

 時間の概念についてはよくわからないが、単位は前の世界とおよそ同じだ。

 一年は十二か月で、一か月は二十八日固定。四週間で一か月。一週間は七日。

 と、ここまでは似ているのだが何故か曜日の表現だけは異なっている。

 月のつきのひ

 炎のほのおのひ

 水のみずのひ

 根のねのひ

 鋼のはがねのひ

 空のそらのひ

 陽のようのひ

 労働の考え方については大きく異なるが、学生のスケジュールはおよそ変わらない。月の日から鋼の日までが学びの時間で、空の日と陽の日は休息日。




 それはさておき。

 夜にああいうことを考えるのは駄目だなと改めて実感する。夜はどうにもネガティブになりやすい。思考が悪い方へ悪い方へとどんどん転がって、嫌なことばかり考えてしまう。答えを持っていない私がどれだけ考えたところで意味はないのに。

 それに、真実が正解だなんて限らない。

 ゲームのエンディングだって結末は攻略対象の人数+ノーマル、バッド、トゥルーと複数あるのだ。正解だ間違いだという定義は一体誰が決めるというのか。


 例えば私が十五歳までに死ぬのだとしても、可能性がわかっている今ならば回避することもできるかもしれない。

 例えば私が【黒十字】と行動を共にすることになるというのなら。そこにはなにか理由があるはずだ。なでなければ、少なくとも今の私はそちらにいくことはないだろう。無条件であちらにつくメリットが無い。必要性がない。




 ゲームのメインストーリーは所詮は参考文献なのだ。

 あるかもしれない未来のひとつ。

 そして、それが必ずしも最善だなどという保証はどこにもない。

 バッドエンドが最善のルートという可能性だって十分にありえることだ。だってあれはヒロインが誰かと幸福になるためだけの話であって、國の利益を追求したものではない。それに、あの物語では民の幸福までは見えてこない。

 だが、皇子がヒロインの手を取る以上、素質はあるのだろう。だってあの方が選ぶのだ。皇妃の座に着く者として相応しい素質を持っているということだ。


 もしくは、と。

 アエラという、この國の第一皇子としてのあの方の人柄を知っているからこそ浮かぶものがある。




 姉を、皇妃ではなく別の立ち位置に置くための選択という可能性もある。

 個人を幸福にするための婚姻ではなく、國としての最善を選んだが故の婚姻。身分ある者は、身分あるからこそ個よりも他を選択する義務がある。特に、民だ。皇侯貴族は民を庇護すると同時に、民に庇護されている。そのことを忘れてはならないのだ。

 特にこの世界ではそれが簡単に形となる。

 悪意や憎悪は目に見えなくとも、魔の要素として発現し、いずれ自分達の元に返るだろう。




 そうしたこの世界の決まりごとや國の在り方は、昔の私の世界とは全く違うのだ。

 そもそも前の世界にはエルフとか妖精とかいなかったし。

 いや、伝承があるのは知っているからどうにかすれば見えたり会えたりしたのかもしれないが、少なくとも昔の私は見たことがない。完全にお伽噺の向こう側の話だった。信じてもいなかったし。


 でもこの世界はエルフや妖精が実在してて、術と呼ばれる魔法のような不思議なものもある。ファルサなんか五百年生きてるらしいし、姿形を変えるなどという非常識なこともやってのける。




 だから、つまり、知らないことは知らないのだから考えたって意味がないということだ。

 うじうじ悩んで泣いて喚いて引き籠ったってなにひとつ解決しない。後ろを向いて、昔の自分の記憶だけを見ていたところで、なにがどうなるというか。なにもどうもならないではないことだけは確かだとわかってるのに。


 前に進むのが怖いならせめて目を開いて周りを見ないと、危険にだって気づけない。相手が幽霊とか言われると布団に潜りこみたい衝動に駆られるけれど、でもそれだって意味ないし。幽霊相手に籠城したってすり抜けられたら終わりだ。………いないよね? この世界に幽霊って。聞いたことないからいないと信じてるけど。……いないよね…?

 いないと信じてる。

 ていうか本当に怖いのは幽霊なんかじゃなくて、生きてるなにかなんだ。人を殺すのはいつだって人だ。魔動植物が人を殺すのだって、元を正せば人の悪意のせい。動物が人を喰ったりするのは自然界のルールなので仕方ない。


 だって、私は昔そうやって死んだ。


 あ、獣に食われたとかじゃないよ? そんな場所に行くような度胸は私にはないから。

 私はただの学生で、普通の高校生だった。

 大学受験に成功して春休みを謳歌していたときに見知らぬ男にナイフで刺されてあっさり死んだ。私を殺した男を私は知らない。私と男の間にはなんの接点もない。多分。見知らぬところで恨みをかっていたとか後出しで言われても私にはどうしようもない。

 だってそれが明かされた時、私は既に死んでいた。

 今の私がわかるのは、突然見知らぬ誰かに殺されたらしいということだけ。

 恨めしいし憎い。なんで私なのと聞けるなら聞いてみた………くはないけど、罵りたい気持ちは当然ある。それと同時に、関わり合いになりたくないし二度と会いたくない。とも思う。

 でもそうやって私が色々考えたところで、私にできることは何もないのだ。

 殺された理由を知ることも、私の死を聞いた家族や友人を慰めることも、殺した男に復讐することも、なにもできない。死んだらそれで終わりなのだ。


 できないことはできない。

 知らないことは知らない。

 どれだけ理不尽な状況に立たされても、だれだけはどうしたって覆ることのない真理なのだ。世界が変わってもこれは変わっていない。(多分)






 だから、私が何者なのかは私にはわからないから一旦保留だ。

 考えるだけの価値が出てきたときにちゃんと考える。だから一旦保留! 時間は有言なのだからもっと有意義なことに使わなくては。


 まだ怖いけど、でもポジティブに考えるなら、私はもしかしたら十五歳になる前に何らかの答えを得ることが出来るかもしれないということだ。

 全然関係ないとこで死ぬのかもしれないが、それならそれで外出を減らすとか、身体を鍛えるとか、もういっそ四六時中ファルサを連れて回るとかすれば回避できそうな気もするし。


 とりあえず、危険なことには極力首を突っ込まずに頑張ろう。

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