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3 十二歳 ~回想~

 リゼッタの専属侍女のひとりであるファルサがある日こんなことを囁いた。

『最近城下が少しばかり賑やかになってきた』

 と。

 楽しそうに。


 彼女が楽しそうということはつまり、良くないことの前触れである。





 少しだけ過去の話に遡る。

 そもそもファルサと出会ったのは私が九歳の時。アエラとカーティの婚約が皇家から正式に発表されたことにより、私もまた縁続きになるということで恐れ多くも皇家の方々にお会いさせて頂いた時のことだ。



 私はその頃、前世(と呼ぶのが正解かはわからないが一先ずそういう認識でいこうと思う)の知識を得た影響もあって非常に知識欲旺盛で、城にある書庫に並々ならぬ興味を抱いていた。流石に禁書のようなものにまで手をつけるつもりはさらさらないが、家の蔵書や國立の図書館では見られない貴重な文献にどんなものがあるのか。一度でいいのでこの目で見てみたかったのだ。それはなによりも自分の未来のためであり、好奇心によるものでもあり、ひいてはこの國のためのもの。そこには悪意も他意もさらさらなかった。

 とはいえそれもいつか見れたらいいなぁという希望でしかなかったのだが、まさかのまさかで、そのことをエルゼから聞いたらしいアエラが特別に見せてくれると言ってくださったのだ。

 ではまた日を改めてということで後日城を訪れた際に私に書庫を案内してくれたのが、一人の司書。何の因果か嫌がらせか、それが当時五十代くらいのファルサというひとりの男だった。

 そう、彼は男だった。しかも五十代くらいの、めちゃくちゃダンディなおじさま。

 若い頃はそれはそれはもてただろうなぁという渋い大人の男に、私はふとした独り言を聞かれてしまった。

『ペーについてくわしく書かれた本はないのね』という素で呟いたそれ。

 内容は別段おかしなものではないだろうが、九歳の子供が発する言葉としては些か奇妙なものとして彼の目に映ったのだろう。司書として私の様子を見守っていた(子どもが変なことをしないか監視していたともいう。当然だ)彼の『何故?』という問いにこれといって警戒するでもなく、『歴史にきょうみがあるの』と私は勢いよく応えた。

 これが自國の歴史であれば彼も気に留めることはなかったのだろう。なにせ私は、その才を見込まれて次期皇妃にと選ばれたカーティの妹だ。多少大人びた好奇心を持っていても違和感を覚える程のものではない。けれどこの時私が口にしたのは、五百年程の昔に滅んだとされる亡国のものだった。

 何故そんなものを探していたかというと、それが私が生きる未来において重要となるかもしれない情報だと知っていたからだ。






 およそ二千年ほどの昔、世界が滅びに瀕した。ゲームでも冒頭でさらっと説明された歴史の転換点、それを近代史では大災厄と呼んでいる。


 とまあこれはゲームにもあった基本情報だ。

 そしてここからはゲームではあまり詳しく触れられていなかった、この世界そのものの歴史の話だ。

 大災厄を機に人間の國は八つに別れたとされており、その八つの國は試行錯誤を繰り返しながらもなんとか安定した世界を維持してきた。しかし、その均衡がある日突然崩れ去った。

 それは今から五百年ほど前のこと。

 八つの國のうちの一つであるペーの王家が滅ぼされ、國はたった一夜で瓦解したとされている。まあ、國というかたちがなくなったということならあり得る話ではある。むしろ不思議のはそのあと。王家が滅んだ要因は平民による内乱、つまりはクーデターだったらしいのだが、その首謀者の名はおろか関係者のその後の足取りひとつ明かされていないのだ。クーデターを成功させるほどの人間がその後姿を消すなんてことが果たしてあるのだろうか。結局その後ペーの国土はあっさりと周辺の國々に吸収されるかたちとなり、民もそれに合わせてそれぞれの國に保護されるかたちで現在まで平穏に生きているのだという。それがこの世界においての史実。

 おかしくないか?

 クーデターを起こすほど王家が民に恨まれていたとして。あらゆる条件が重なって王家を滅ぼすに至れたとして。そこまでしておいて民は新たな國を興すでもなく、自治権のようなものを主張するでもなく、ただただそのまま離散したってことだろう? なんだそれ。しかも軍や貴族、王政に関わっていた者達の誰もがそれを受け入れるなんてことはないはず。その後、あっさりと平穏が訪れること事態が妙ではないか?

 まるで王家の方々を殺すことだけが目的だったと言わんばかりではないか。

 勿論、他の七の國もそれぞれの形で皇を頂点としているのでそんな話が民衆に広がることを危惧して情報規制をしただろうことは理解できる。だが、國が一つ潰えたのだ。他の國にとって不利益となる事態が発生したから真実を隠すにしても、ちょっとやりすぎなのではないだろうか。大体、それなら【内乱によって王家が潰えた】という事実そのものを隠すべきだろう。内乱という表現を活かす必要性がわからない。

 情報隠匿のやり方がどうにも中途半端すぎる。

 隠したいのか隠したくないのかがわからなくてもやもやする。実際、この歴史に疑問を持った者達がこぞって研究しているという噂もある。噂でしかないけれど。でも、火のないところになんとやら、ともいうし。気持ちの悪さはあったけれど、それが世界の常識だというのなら深追いしても意味はない。

 そう割り切りながらも妙に気になったまま日々を過ごしていたある日、夢を見た。


 それは、ゲームのヒロインの少女がとある研究者と険しい顔をして何かについて話している光景。


 そうだ!、と叫ぶように閃いて私は飛び起きた。

 私は知っているではないか。ペーという國の内情は知らないけれど、滅びの要因を。

 民衆による王家への反乱という事象が真実そのものではないということを私は既に知っているのだ。

 ゲームでは亡国という表現しか出ていなかったのですぐに結びつかなかったが、恐らくイコールで間違いない。この二千年の歴史の中で滅んだ國はひとつ、ペーだけだ。

 夢で見たゲームでは、彼の國の反乱はとあるカルト教団が裏で糸を引いて起こったものだという記述があった。

 意図的に膨らまされた民衆の悪意と、王家への憎悪。それを巧妙に増幅して誘導し、結果として一つの國を滅ぼすまでに至った組織。その事実だけでも十分恐ろしいというのに、なんとそのカルト教団は残る七つの國へ一切の情報を晒すことなくあっさりとその姿を消したのだという。

 その存在を見せつけるように、黒い十字架だけを残して。

 カルト教団とその十字架の繋がりをどう証明したのか、そもそもなにもかもが不明だという組織が内乱に関与した証拠が一体どんなものだったのかという詳しい話は不明だけれど、ゲームではそれが歴史の裏に隠された真実として描かれていた。

 私が知ることのできた範囲の世界の歴史や在り方についてゲームとの差異は見当たらないので、カルト教団とやらは存在していると考えてまず間違いないだろう。

 と、世界史とゲームから得た知識を紐づけてその事実に辿りついた時、私は恐怖に身体が震えた。

 だってあのゲームは、ヒロインがそのカルト教団の存在を偶然に察知し、そして崩壊にまで至らせるというのがメインストーリーなのだ。

 それはつまり、この五百年の間沈黙を保ってきた謎の組織が近い未来に再度表舞台に姿を現すことになるということで。挙句、今度は私の祖国であるこのアインを滅ぼす為に暗躍するというのだ。


 え、ヒロインさんそんなすごいこと成し遂げることになるのか。すごいな。


 なんて。

 ちょっと現実逃避してみたけれど、この絶望的状況を理解して恐怖に共感してくれる人は誰もいない。

 正直、私では荷が重すぎる。

 かといって未来予知のようなこの情報を話すことは現実的ではない。だってこの世界には魔法めいた力はあるけれど、未来予知のような技術はない。ぎりぎり、天気予報がある程度。そんな世界で、未来にこんなことが起きるんです!、と私が言ったところで妄想癖の凄い痛い子扱いされて終わりだ。

 両親はまともに取り合ってくれないだろうし、カーティには殴れば治るのではないかとか言われて全力で殴られそう。

 ………………いや。なんかそれってなんかおかしくないか?

 あの姉ならやるだろうなと妹として疑いひとつ持たないけれど、そんな姉ってどうなんだろう。好きだけど。でもどうなんだろう。かっこよくて綺麗でたまに突拍子もないことをする。そんな姉のことが大好きだけど、でもそれはそれとしてさすがにちょっと悩んでしまう。



 話が脱線したが、私は何も出来ないかもしれないけれど、でも知っていることで役に立てることはあるかもしれない。

 知らないふりをしたってばれないだろうという考えも脳裏を掠めたけれど、でもそれでは何もかもを失うだけだ。特別な行動を起こすことはしない。でも、無関心で無干渉を貫くこともしない。出来る範囲で出来ることをする。だから、私はヒロインの行動を支えるための準備を整える。

 私に出来る最善はきっとそれくらいだ。

 ヒロインは平民の出自。序盤では得られる情報も少ないだろう。対して私は侯爵家の生まれで、幸運なことに皇家の方々との距離も近い。ただの小娘には特別な権限はないけれど、好奇心旺盛な子どもとして情報収集をすることくらいは可能なはず。我儘な子どもだと思われてもいい。令嬢として相応しくない趣味を持っていると陰口をたたかれたって別に構わない。だってそのうち冒険者になるつもりだし、そもそも誰かを、何かを、國を失うより全然ましだ。だって私は今のこの國が好きだし、家族も好きだから。

 何もしなくてもいいのなら何もしない。ヒロインに任せる。余計なことをしてハッピーエンドへのフラグが折れてしまったら大変だから。

 でも万が一ヒロインが別の道を歩んでいたりした時は、どうにかするための基盤が欲しい。人脈を得て知識を身に付けることは私でも出来るはず。社交界デビューは十三歳からだけどお茶会への参加は出来るし、ていうか普通に友人が欲しい。

 時間はまだある。

 今の私は九歳。

 ゲームが開始するのは私が十五歳になった時。多分、カルト教団は既にこの國で暗躍しているのだろうけれど、事態が動くのは六年後だ。それまでにはゲームに関して覚えていることを現実的な情報に落とし込みたい。表現がいまいち今の世界と馴染まないところがあるので繋ぎ合わせる作業が必要だ。


 まず大前提として、そもそものゲームの最終目的は國を、ひいては世界を滅ぼそうとしているカルト教団の野望を食い止めること。

 その為にヒロインは攻略キャラと接触を重ねて好感度をあげていく必要がある。

 システムで言うところの好感度とは、信頼度と恋愛感情を混ぜたもの、といったところだろうか。

 上手く攻略対象と関係を深めて情報を集めていくことで、ヒロインはカルト教団の企みを阻止することができる。可能なら壊滅させておきたいところだが、そこまで出来るかは状況次第だろう。欲張って二兎を追ったら全てを掴み損ねそうだし、高望みは危険だ。

 そうしてヒロインは國を救った英雄として皇に認められ見事ハッピーエンド。どのルートでもおよそ大団円だったと記憶している。


 細かい内容は覚えていないが、大筋はこんなところのはず。

 しかしルート分岐については殆ど覚えてない。舞台が皇立学園なので学業のどの分野を育てるかでパラメータが変化したことだけは薄ら覚えているけど、どういう授業を選択したら誰のルートに入るか、とかはさっぱりだ。


 まあ恋愛関係のストーリーについては私は関係ないので好きにしてもらえばいいと思っている。

 そもそも関わる要素もないし、重要なポジションにいる訳でもないので。ヒロインと同い年ということもあって多少なりとも接触はするだろうけど邪魔をするつもりは毛頭ない。むしろ國を救ってもらわないと困るので、積極的に手伝いたいくらいだ。

 そのことで結果的にカーティの婚約が破談となるかもしれないが、國の存続と天秤にかけるてでも貫かねばならないものではないはずだ。

 兄エルゼのルートに入ってくれるなら、妹としてヒロインを全力応援していく所存だ。ライバルキャラとして立ちはだかる誰かがいた気はするが覚えてないので、今から可能な範囲でフラグを叩き折っておこうと思う。見知らぬライバルさんごめんね。






 という大きな決意を持って挑んだ城の書庫だったので、ペーの情報が無いことに正直落胆していた。それもあって、司書の男に対して警戒ひとつすることもなく反応してしまったのだ。『黒い十字架についての記述がある書物なら知ってますよ』という、どう考えても怪しい発言に。

『ほんと?』と食いつくように見上げた顔には、食えない笑みが張り付いていた。

 そこには先程までの優しいダンディなおじさまの笑顔はなく、私を値踏みするような赤いが全身を縛る。まるで心臓を握られているような恐怖に、ひっと喉がひきつった。悲鳴をあげなかったのも泣かなかったのもただただ動揺していただけだったが、男はそのことに小さく感心したように『へぇ』と零した。


 そこからの記憶は曖昧で。

 丁度その時私の様子をアエラが見に来てくれたらしく、彼の登場によって緊張の糸が切れた私は気を失ったらしい。皇子の顔を見て倒れるとか不敬極まりないだろと思うけれど、相手が相手なのでそれに関しては深く追及されることはなかった。

 何故ならこのファルサという男、ただの司書ではなく皇家が監視しているハーフエルフだったのだ。そういうことは早く言ってくれよと全力で訴えたかったが、そもそも私を案内する役目は本来別の人間のものだったらしい。それが当日になって担当者が急遽体調を崩したとかで彼が代役を務めることになったのだとか。

 ほんとかよ、と思うものの疑ったところで答えが出ないのなら考えるだけ無駄だ。

 城の客間で一日療養させていただいて、というか事情を簡単に説明していただいた翌日、何故か私の世話をしてくれた十二、三歳くらいの侍女が突然

『そんなわけで本日からよろしくお願いしますね、お嬢様』

 とか言い出した。

『え?』

 どういうことかと迎えに来てくれたエルゼの顔を見上げると、兄は心底同情するような声で教えてくれた。

『彼女は今日からリゼッタの専属侍女になるんだよ。名前はファルサ。年齢は不明』

 その場で気を失わなかった私を誰か褒めてくれてもいいと思う。

 どうりで、機密情報だから誰にも言わないように、とか言いながらもハーフエルフの彼について詳しく教えてくれた訳だ。皇家もグルだった。というかこれって厄介事を押し付けられただけでは!? と不満をぶちまけたかったがただの子どもでしかない私に言えることは是という言葉だけ。

 最初こそ何を企んでいるのかと日々脅えながら過ごしていたが、特にこれといって何もしてこないので、一か月ほど経つ頃にはあっさりと慣れた。危機管理能力について当のファルサに疑問視されたが、だってたかが小娘にはどうしようできないじゃない、と言うと変な顔をされた。




 以降、何故か私の専属侍女をしてくれている。

 ちなみに、外見年齢や性別は彼の意思で好きに変えれるのだとか。なんだその便利な術。

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