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2 十二歳

 この世界には大規模な争いがない。とされている。

 そのため國を治める皇族に要求されるものは、知識と話術とカリスマだ。可能なら術力があった方が良いが、こちらは必須ではない。

 要はいかにコミュニケーション能力とプレゼンテーション能力が高いかが重要視される。無論、他國という存在があるので外交も大切だ。どちらかというと武力よりも情報や技術が重要視される世界なので、いかに世渡り上手になれるかで生きやすさが変わると言っても過言ではない。

 そのため、貴族ではなく平民の出自であってもカリスマ性や秀でた能力があれば皇の伴侶になることは認められている。当然ながら國の代表に相応しいだけの教育は受けることになるが、努力さえすれば可能だ。

 故に、平民出のヒロインが皇妃になるというルートも用意できたのだ。何事も努力と才能と運。どんな世界だとしてもこれは変わらないということだろう。


 こくり、と紅茶をひとくちひとくち大切に頂きながら手元の歴史書をまくる。美味しい。噛み締めるように飲みながら、食事が美味しいという事実にほとほと感謝する。中世ヨーロッパと同じ水準の生活様式ではうっかり暴れ出しかねなかった自覚がある。

 モチーフは中世ヨーロッパのような風景ではあるものの、生活水準は驚くほど高い。それもこれもこの世界独自の歴史と文化によるもので、実際のところこちらの方が人の歴史そのものは長いのだからある程度発展していてもおかしくはないだろう。

 過去の記憶か前世の記憶か、それとも全くの別人たる誰かの記憶かはわからないものの、あの七歳の誕生日の日から既に五年の月日が経って私は十二歳。その間に学べることは学び、着実に知識を増やしてきた。元より本を読むということが好きなので、ついつい色んな本に手を出すうちに古語まで読めるようになったのは良い副産物と言えるだろう。




 ぺらりぺらり、と頁を進めていくとあまりにもあからさまな溜息。

「行儀が悪いですよ、リゼッタ」

「気にしないでください。私は気にしないので」

 背後からの嗜める声にも慣れたもので。振り替えることもせずに適当に返すと、苦笑される気配。そもそもここはリゼッタの自室なのだからそこで何をどうしていようと自由ではないか。

 マナー違反だという自覚はあるが、あるからこそ書庫ではなくこうして自室に籠っているのだから。

 どうせいつものことなのだから放置されるかと思っていたが。

「リゼッタ」

 声の主は珍しくも重ねて私の名を呼んだ。

「……もしや何かご用事がおありでしたか?」

「もしやもなにも用事がないわけないだろう」

 だっていつもこちらの都合を無視して気紛れにいらっしゃるのでてっきりいつもの暇つぶしなのかと、とは思うものの口には出さない。何故なら私は賢明なので。まあ顔には出ているかもしれないが、見せなければいいのだ。

 本から顔をあげて振り返ると、そこにはきらきらとした容姿の少年がひとり。美しい銀糸の髪に、濃い紫の瞳。この國の皇族の特徴だ。

「お兄様はお出かけになられていますよ?」

「知ってます」

「お姉さまもお茶会に行かれています」

「知ってます」

「伝言ならルークにお伝えくださいな」

 ルークとはこの家の執事の名だ。なお、侍女をまとめてくれている侍女長はマリス。私の専属侍女はおよそ十七歳くらいのファルサと、二十四歳のナツのふたりだ。今では正式に第一皇子の婚約者になっている姉は私よりも専属侍女の数が多いし、中には護衛としての役割を持った者もいるのだとか。

「先にリゼッタに聞いてもらいたいと思いまして」

 どうやら本当に用事があるようだ、と流石に悟って素直に彼の座るソファの正面にちょこんと座る。

 改めて正面から見ると美少女じみた容貌に圧倒されるので視線は適当に流す。なにせこの方とても顔が良い。一言でいえば美しい。髪色の影響か、どこか儚げな雰囲気にも見えるがこれでばりばりの脳筋タイプだ。別に頭が悪いということではないのだが、ぐだぐだと悩むくらいなら力技で解決させようという性格なのだ。

 この第一皇子様は。

 個人的にはさばさばした性格でとてもお話しやすい方ではあるが、全ての側面において選り好みの激しいところがあるらしく一部の人間からは非常に嫌われているらしい。まあそれはそうだろう。扱いにくいことこの上ないお人だろうことは考えるまでもない。

 要するにこの方は姉の婚約者である御年十三歳のアエラ殿下であらせられ、兄の親友(?)でもある御方だ。ちなみに兄にそれを言うとあからさまに嫌そうな顔をするので、実際のところは悪友に近いのかもしれない。

 そして、第一皇子ということは彼のゲームの攻略対象でもある訳で。

 その方が何故こうして直接的に接点のない私の部屋にいるかというと、色々あって縁が出来たからだ。

 あ、いや、今日は違うのか。用事があると言っていたし。ちゃんと聞かねば、と無意識に姿勢を正す。

「実はエルゼに」

「お断りします」

 聞かねばという決意を一瞬で投げ捨てて食い気味で拒否の意を示す。これが公式の場だったら不敬極まりない態度で極刑……まではいかなくとも色々と問題視されることはわかっているが、幸運なことにここは非公式の場。面倒事には関わりたくない。

「せめて話を聞いてほしいのだが」

「殿下とお兄様の問題について妹の私が介入できることなんてありませんので」

「別になにもしてないよ」

 でしょうね。別にそのことを疑うつもりはない。ただ、この人はとても微妙な性格をなさっているだけだ。

「でしたら私のことなど構わずにお兄様のところへ戻られては如何ですか?」

「リゼッタ。そういう言い方は悲しいからやめてほしいな。僕はこうしてリゼッタとお話するの、楽しいし好きだよ」

 そういうことをさらりと言える辺りがこの人の怖いところだと心底思う。本来ならお年頃の私は赤面してもおかしくないのだが、彼からのこの手の賛辞は日常茶飯事なのでもはや慣れてしまって動揺ひとつ出来やしない。

 かといってこの手の言葉を誰にでも送っているのかというとそうでもないらしいのでこれが侮れない(情報源は姉と兄だ)。

「そういうお言葉はどうぞお姉様に言って差し上げてください」

「カーティは強くてかっこいいよね」

 それには全面的に肯定するが、それは果たして褒めてるのだろうか。

「そうですね」

「リゼッタはかわいいよね」

「恐れ多いお言葉ありがとうございます」

「エルゼは真面目で楽しいよね」

 そういうとこなんですよね、と思うけれど余計な藪蛇はつつくまい。返すべきは沈黙と笑みだ。初めて彼等のなんとも言えない力関係を知ったときは、好きな子をいじめる小学生男子か?、と思ったが真相はさすがに異なっていた。

 単純に、仲が良いのだ。兄に言うと非常に嫌な顔をするけれど、「そんな顔をする時点で気を許していることは間違いないのだから放っておけ」というのは姉の談だ。

 先程アエラが言おうとした言葉は恐らく『実はエルゼに押し付けてきたんだけどどうしたらご機嫌取れるかな?』といったところだろう。何を押し付けてきたかというと、どうせ正午の教育のどれかだろう。身体を動かすことがお好きな方なので、武術をさぼるようなことはされない。座学のどれかに飽きたか、教師としてつけられた相手に不満があったか。理由は不明だが、なにかが気にさっただろうことは確かだ。何も考えずにそうした行動をされる方ではないのでなにかしら理由はあるのだろうが、そこに介入するのはリゼッタの役目ではない。

 今回その役割(というか単純に後始末)を押し付けられた兄にとってはいい迷惑でしかないだろう。関わるつもりは一切無いが、同情はするのでそっと心の中でエールを送っておいた。





 私こと、リゼッタ十二歳。兄のエルゼと第一皇子のアエラは十三歳。姉は十五歳。

 予想していたよりも遥かに平和で充実した日常を送っている。

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