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短編集 ~前向きになれますように~

始まりのはじまり

作者: 仁科理人

 その日は本当に病んでいた。


夢にもでてくる。じゃあ自分はどうしたらよかったんだよ。怒り?悲しみ?憤り。

でも、明るく「1年後かな。」なんて見えない未来を見る君をみると。どうにもならない現実と僅かなときめきを、必死に楽しむ君をみると。僕も頑張ろうと思えたんだよ。



 「おまたせ~!」顔を上げると見知った顔。ニコニコしながら、上目遣いでこちらを見ている。「そんな待ってないよ。行こうか。」そんな彼女と連れ立って歩き出す。今日はプチ遠出で、日本の神様に合いに行く日だ。

「最近どう。忙しい?」「うん。レッスン三昧だね~。せっかく仕事休みなのに連休関係なし!笑。でもそっちも昨日も仕事だったんでしょ。お疲れ!」声色は明るい。「うん。」、、、昨日は散々だったよ。そんなネガティブな発言を心で呟き、ぎこちなく電車に乗り込む。


 彼女はタフだ。体力も気力も。会社員をしつつ、歌手を目指してレッスンに通っている。学生時代からずーっと。二足の草鞋なんて、そうそう履けるものじゃない。時間なんて限りがある。

「次オーディションいつなんだっけ?」「、、、一年後。」急にトーンを抑えて、そっと呟く。「そっか。長いね。」「そうなんだよねー。でも仕上がるように1年!ひとまず頑張るわ!」彼女はとびきりの笑顔で宣言した。

、、、偉いね。ここで良いなんて、妥協しない。

言葉を飲み込み、彼女に笑顔を返した。どうしても、自分と比較してしまう。相槌をうちつつ、ぼやっと考える。あぁ、醜いな。現状に満足していないのは同じなのに、何も動けない自分がいる。実は、自分も二足の草鞋を履こうとしている。考えだけ。結局、何も始めることはできていないのだから。ふっと流れる車窓を眺めた。やっぱり無謀なのかなぁ、、。



 唐突に肩を揺さぶられた。「でさ、相手はすごい連絡してくるんだって。」、、、思考を止めて、彼女をみる。一体、何の話をしてたんだっけ。「だから、好きになっちゃったの。奥さんいる人を。でね、あっちもすごい連絡してくるんだよ。今、大丈夫なのかなぁ?」

、、、どうやら、彼女は不倫に足を突っ込み始めている、という話らしい。いや、唐突すぎないか。いったい、僕にどうしろと。でも、好奇心がむずむず。「好きになっちゃったらしょうがないよね。相手が良いならいいんじゃない?連絡きたなら今きっと大丈夫な時でしょ。」「そうかな~。」キラキラ笑顔で返信を始める。

なぜ、絶対と言い切れない、永遠とは言えないときめきに、身を投じることができるのだろう。いつも楽しそう。それが、彼女に会うたびに思う印象だった。



 昨日は本当に散々だった。タイミングが悪かったのか、たった10分ずれただけで、巡視と不穏がかみ合わず、インシデント物になった。自分のせい、か。一応予防策は張ってたんだけどな。甘かった。他の仕事も、スタッフとかみ合わなかった。他人に甘える自分が悪い。そう思えば、もやもやが盛大に残りつつも、大方の不満は片付いてしまった。


そして、ニコニコ返信する彼女を傍目に、自分の密かに準備してみようと思えた。向く方向は違えども、仲間はいる。期限は1-2年。彼女と一緒。そこで無理なら、諦める。視線を上げる。空は青い。



 電車を降り、神社へ着く。いよいよお社。良い追い風だ。「この布が開いたら、神様が歓迎してくれてるんだって。」刹那、ふわっと白い布が宙を舞った。「まさに今、だね。」微笑み、静かに手を合わせる。


日本の神様、どうか。この、愉快で危うくて、自分の未来を信じる明るい子を。無事に明日へ届けてあげて下さい。僕も、人のせいにするのはすぐにはやめられないけれど、現実をそろそろ受け入れつつ、一歩踏み出そうと思います。そしてもう少し欲を言えば、隣の僕にも気づいてほしいです。苦笑して、横目でまだ祈る彼女をそっと見つめた。



 また明日からの日常で絶望感を味わうことなんて、多々あるだろう。だけど、今ならできるかもしれない。やるべき仕事とかお勉強とか僅かな期待とか。そんなものと、帰って少し向き合ってみよう。そう、思った。


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