悪役令嬢
「ローゼ?」
ベッドに埋もれてあれやこれやと考えて日が暮れた頃だった。
控えめなノックと独特の間隔が開いたこのノックは私が今頭を悩ませる本人、セルターのもの。応答するべきかしないべきかを少しだけ悩み間が空いた。
「いないのかな?」
結局私は愛称で呼ぶ彼の声に答えることが出来なくて、遠ざかる足音にほっとしてしまった。
彼と話さなければならないとわかっている。けれども、もしもそうだよ、と肯定されたら、とそう思うとどうしても頭の中で悶々と考えるだけになってしまうのだ。
五つの時にここがゲームの中の世界だと発覚し、その後一番最初に出会った攻略対象は彼。
幼い頃から一緒に悪ふざけをしては怒られ、私が生前の知識で商品を売り出そうとした時も、最初に打ち明けたのも彼にで。
短くない時を彼と共に過ごし、だからこそそんなことは無いと確信している。でもそんなことを口で言いながらやっている行動はまるで逆なのだから、笑えない話だろう。
だから、私はずっと目を背けていた事実に、気付いてしまった。
「こういうことなんでしょ?私はセルターを信じていないのでしょ?」
かけがえのない存在だと思っていた。全てを打ち明けられる友人だと思っていた。そう、思い込んでいただけだったのだと、気付いてしまった。
「酷いよなぁ」
結局は、ここはゲームの世界だと割り切っていて、彼を友人だなんて思っていなかった。アリス様を救いたいと思うのは、ハッピーエンドが違うから。私が彼女の人生を変えたことの償いをしたいから、自分が楽になりたいからだ。
浅ましい。自分がしたことの責任さえ取りたくないなんて、自分の卑怯さを見たくないからセルターに問い詰めないなんて、傷付きたくないなんて嘘を吐くなんて。
「…………」
望めば与えられる環境に、努力しなくても手に入れられるこの人生で、生前の社会人として培ったあたりまえを何処かへ失ってしまったらしい。責任を果たす為に存在する公爵令嬢としての教育を受けていたのにも関わらず、だ。
「赦されないよね、ここで逃げるなんて」
ハッピーエンドを変えてしまった。ならば、それに続くような未来を作らなければならない。アリス様をあそこに閉じ込めていていいはずが無い。
「セルターと、話をしなければ」
どうせ、もう綺麗事は語れないし、私が割り切っていることに気が付いてしまったし、だからきっと話せるはずだ。
ここはゲームの世界。私は、全てを失う悪役令嬢なのだ。