ローゼマリン編7
今日は、聖女となったアリス様と久し振りにお会いしては彼女が主催する茶会に出席する日である。
あの日お父様から提案されたことを何度も思い出しながら執務を手伝い、その間に手持ちのドレスを仕立て直してもらって、更にはアクセサリーや靴などを揃えていればあっという間にその日を迎えていた。
「……ふう」
早朝から支度を始め、馬車に乗る時間である今、高く陽の昇った青空を見上げて以前アリス様と交わした別れの言葉を思い出す。
こんな空の下、いつかお茶会を。
またこうして会えるのは嬉しいとはいえ、今日はもう聖女と公爵令嬢という互いに立ち場を背負った上、現婚約者と元婚約者という立ち位置でもある。
「溜め息を吐くと幸せが逃げるって言ってたのはローゼお嬢様じゃなかったですかね?」
「パルス……私ね、最近気が付いたのよ。もしかしたら溜め息を吐くと幸せが逃げるんじゃなくって、現在幸せが逃げているから溜め息を吐いているんじゃないかって」
「はは、屁理屈ですか?なら吸えば戻って来るかもしれませんよ」
玄関口に停まる馬車の前、乗車に手を貸してくれる調教師のパルスとそんな軽口を叩き合う。
確かに、吐けば逃げるのであれば吸えば戻るかもしれない。そんな強引な理屈に納得しそうなくらいに靄掛かる心情を胸に抱え、閉まる扉から車窓へ視線を移した。
「……良いかもしれないわ、お父様の話」
正面に、横に誰もいないこの時間には、未だに慣れない。
だから考えるのは必然的に自分のこれからのことで、最近傾きつつあるその選択肢を口に出してはぼうっと過ぎ行く景色を流す。
カイン様のことは嫌いではなかったとはいえ、アリス様のように彼を慕っていた訳ではない。
だから聖女という立場に上がり、次期王妃に相応しい身分を手にしたアリス様が正式に婚約者になったと聞いたとき、祝いの気持ちは抱けどもそこに自分に対する感情はなかった。
長年婚約者という立場であったのにも関わらずこうも冷たい自分ではカイン様が違う誰かを好いていたとしてもそれを責める気は湧かないし、王太子の元婚約者という不名誉なことになってもただそっか、としか思わない。
だからこれから先、公爵令嬢として何処かへ嫁ぐよりも領地を継ぎ、生涯一人で生きて行った方がまだ満たされるのではないかと思い始めていた。
愛せるかもわからない新しい家族を築くより、今大切にしているものを守って生きて行く方が良いのではないかと。
「帰ったら、お父様に相談してみよう」
領地を継ぐことが決定したとしてもそれで終わりではなく、その後のことも考えなければならない。
婿を取り子を為すのか、養子を引き取るのか。
頭が痛いことだらけだなあなんて目を閉じて現実逃避に没頭すれば、思い出すのはいつだってもう存在しない、三人が揃う日のことばかり。