ローゼマリン編6
馬車で移動すること一日。幾ら公爵家の馬車が疲れにくいとはいえ、多少は疲れる。
「ああ……おかえり、ローゼ」
「おかえりなさい」
「只今戻りました。お父様、お母様」
恐らくそれが顔に出ているであろう私を出迎えて下さるお父様とお母様に礼を取り、手紙の詳細を聞くためにお二人へ視線を向ければ、意図を察したお父様は何も言わずに背を向けて歩き出す。
「ローゼとカイン王子の婚約破棄が、正式に決まったよ」
「……して、次の婚約者は聖女であるアリス様だと?」
「ああ、その通りだ」
久し振りに訪れたお父様の執務室。届いた手紙に書いてあった内容を軽く浚い確認しても、それは確かなことであった。
「詳細を、とローゼは言うだろうけれど、実は私達も詳しく聞いていないんだよ。これを渡して欲しいと、陛下に言われただけでね」
顔を顰める私に苦笑いで返すお父様が書斎の引き出しから取り出すのは、飾り気のない一枚の手紙。
それを受け取り中を検めれば、そこには見慣れない字が書き連ねてあった。
「……聖女様から、お茶会への招待状」
「ならばそこで仔細を話す、ということだろう。帰って来て早々だが、支度は済ませておいた方が良さそうだね」
「はい、お父様」
茶会の日時は一週間後の正午。
公式の場であり、かつそこで婚約破棄の件が知らされるだろうからそれに相応しいドレスや靴、アクセサリーの類に新調しなければならない。
目立たなくて、アリス様と対立する気がないように見える服装とは何だろうと思考しながら私はお父様に頭を下げて退室するために踵を返す。
「ローゼ、待って」
踵を返したところで背を呼び止められ、まだ何か話すことがあっただろうかと首を傾げる私をソファに座るよう指差して誘導するお父様。
「ローゼ。殿下との婚約が正式に破棄された訳だが、ローゼはこれからどうしたい?」
「どう……するとも、ないのではないでしょうか。一応私自身の価値を考えればそれなりにあるようですし、高望みをしなければまだ何処かへ嫁げる可能性もあるかと」
「うん、ローゼの引く手は数多だと思うけど……そうじゃなくて」
私のこれからについて案じてくださっているお父様は、そんな不可思議なことを口にする。
カイン王子と婚約破棄をした以上、私は王家から必要とされなくなったただの公爵令嬢である。
そんな令嬢を家に迎え入れたいなどという良家はないように思えるのが、などと思っていれば、お父様は何かを諦めるようにやれやれと首を振りつつも、口を開く。
「もしローゼが婚約、結婚なんてものはもううんざりだと思うのなら、領地を継がない?」
そして一切考えていなかった新しい提案を、何でもないようにそう私に告げるのだった。