ローゼマリン編5
別荘へ来て早一週間程。
漸く情緒の落ち着いてきた私はいつも通り起床し、朝の支度をしていた。
「ローゼマリンお嬢様、今朝旦那様から早馬でお手紙が届きました」
「……お父様から?」
身支度を終え、今日は何をしようかとひとまずソファへ座った矢先、新しく付いてくれたメイドから一通の手紙を差し出される。
早馬で、という点に一抹の不安を覚えながらもそれを受け取り、封を開けた。
「……」
目を通して知る内容は薄々予想していたものでありつつも、決して口には出さなかったもの。
「屋敷に戻るわ」
「承知致しました」
とはいえ、この話は一度私が屋敷に戻らなければ進まない。そして私自身がきちんとその場に居合わせたいと思った。
故に馬車の用意をするように告げ、私も大した物はない荷物を纏め始める。
「ローゼマインお嬢様、そんなことは私達が」
「いいのよ、気にしないで。短い間だったけれどありがとうね」
名前も知らない彼女の仕事を奪ってしまって申し訳ないが、いずれはこれも私がすることになるもの。ならば少しでも早く慣れておいた方が良い。
「皆、今日までありがとうね。……また」
「はい、ローゼマリンお嬢様。またお会い出来る日を楽しみにしております」
そして暫く、用意された馬車に乗り込む前に別れの挨拶を交わして私は別荘を後にする。
ベル爺には、結局会えなかった。
この去って行く馬車を見ているのかどうかも、わからない。
「……祝福を」
けれど、祈りの言葉は届く。だから毎日祝福を送り続けていたし、ベル爺が無事に屋敷に戻れるまでは祝福を掛け続けようと思っている。
中々卑怯な力ではあるけれど、こうして会えない人がどうしているかを知りたいときは本当に助かっているのもまた、事実。
「……」
そう。名前と、顏。それがわかれば私のこの女神様の力は何処にでも届けられる。
公爵領を出て隣国に行ったシリウスにも、自国に戻ったジルベルト王子にも、王城で過ごすアリス様やカイン様にも、この祝福は届く。
即ち、最期を知れないセルターが本当にいなくなってしまったのかも、確認出来る。
試してはいなかった。けれど、ずっとその考えは頭にあった。
もしかしたら、セルターは生きているかもしれない。
でも、祝福を使えばすぐにわかる結果は、望まない結果を突き付ける可能性が圧倒的だから、実行していない。
それは無論、ルノーウィル王子然り。
「そんな訳、ないのにね」
ゆらゆらと揺れる道中。
ああ、揺れているのは自分の視界だと気が付くのは、随分先のこと。