ローゼマリン編3
今日は、セルターとルノーウィル王子が内密に刑に処される日。
こんな権力争いは当然外聞が悪い故に国民には知らされず、城の地下牢にて静かに行われる。
親戚とはいえ、見届けることはおろか立ち入りさえ禁止されているその場所に行けない私は、ただ自室の窓から城を見つめていた。
「お嬢様、どうかなされたのですか?」
「……いいえ、なんでもないのよ」
騒ぎを知らない侍女のルチナは私がずっと窓を見つめることを不可思議そうに眺め、しかし訳を話してはくれないと察してくれているのか、ただ紅茶を用意してくると部屋を去っていく。
「……」
一日中、ただ窓を見ていた。
そうしていたらいつの間にか朝陽はとうに沈み、夕陽さえももう落ち掛けて、夜の帳が張られようとしていた。
「ローゼ、もう……」
窓際から離れることなく、ただずっと城の方を見つめる私を見計らってか、とんと肩を叩いて振り向かせてくれたのはお母様。
ルチナ辺りが呼びに行ってくれたのだろうかと首を傾げつつ、私はお母様に促されて漸くソファへと腰を下ろす。
テーブルには一度も手の付くことのなかったティーカップが置かれていて、ルチナに申し訳ないと思いながらもそれに手を伸ばすことは出来ない。
「暫く、休みなさい。陛下に許可を取ってきたから、別荘地で療養すると良いわ」
「……はい」
動かぬ私を気遣うお母様。情けなく上がる頭を撫でるその手に頷き、どうせここにいても役に立たないだろうと判断した私は、お母様の気持ちを有り難く頂戴した。
そして翌日、既に支度の終えられていた荷物を積み込んで、私は両親に見送られながら公爵邸を出た。
「……そっか、この道」
公爵邸と別荘地を繋ぐ道を進んでいるとき、ふと久々に通るななんてことを考える。
少し前に別荘地へ行ったのにも関わらず何でだろうと上手く働かない思考を回せば、前にアリス様を探し回ったときは馬で森を強引に突破し、この整ってはいるが遠回りな大通りは通らなかったからだということを思い出した。
故にこうしてゆったり馬車に乗って大通りを通るのは久し振りで、木々に囲まれる景色も何処か懐かしく感じる。
「……」
しかし、車輪が道を滑る音がやけに響くこの空間、何もすることのない時間は強制的に今自分が一人であるのだと理解させて、気が滅入る。
「ねえ、セル……ター……」
余り遠くないからとはいえ、何一つ娯楽を持ってこなかったのは失敗だった。
気を紛らわせようと何の意味なく口から零れた名前。振り向いたその先。もう誰もいないと、いうのに。
「……ああ、そうね」
さみしいと、地下牢で彼に告げた。
その心は言いたかったこと全てではなかったが、決して偽りではなかった。
けれどそれは、きっと嘘偽りなく全てを吐き出した言葉でもなかったのだ。
「……また、笑い合いたかった。隣に、いて欲しかったよ」
それがどういう感情を含めているのかはわからない。でも、あのとき地下牢でしたかったお別れは、きっとこの言葉だったのだろう。
ミヤが死んでしまったときに枯れたと思っていた涙は、今更理解した言葉と共に流れる。
もう、誰もいない。
一人きりになって、何も残っていないと漸く呑み込めた私の声は、馬車の揺れ動く音に掻き消されて誰にも届かない。