ヒロインは煩悶する
「ふう」
何の明かりも無かった空間は蝋燭の火が揺れ、嘗てわたしが暮らしていた寮よりも遥かに高価な家具や調度品が置かれたこの空間を眺める。
わたしがいるふかふかな、けれども沈み過ぎなくて適度な弾力を保つ白の天蓋ベッドというもの。これを見るまではベッドにカーテンが付いてるものがあるなんてこと知らなかった。
そして剥き出しのコンクリートに敷かれた土足で踏み潰すなんて勿体無い、寧ろこれが寝床でもいいと思える手触り滑らかで厚い白のカーペット、白い毛足を潰して鎮座するテーブルとチェア。
「……地下牢とは思えない空間」
剥がれた壁や汚れてる天井を抜きにしても、あえてそういう空間にしてあると錯覚してしまう程には、調っていた。
フォン=ヴェスター公爵令嬢が振り翳した権力でご飯は毎食に変わり、ちょっと質も良くなった。辞めたはずの女性看守だって毎晩湯と布を持ってきて、汚物の処理をして行く。これ程に変わるとは正直思ってもみなかったことで。
「嘘は吐いて無い……」
俯いた視界の端で、公爵令嬢とは違って艶も無い、ただ黒いだけの髪が肩から落ちて来たのが見える。話したことに嘘は無い。けれど、全てを語った訳でも無い。
ここまでしてもらって、彼女に後ろめたいことがあるという事実に、どうしたって気分は優れない。優れるはず、無いのだ。
「ごめんなさい……」
膝を立て、顔を埋めて、誰かへ謝罪したって誰かが聞いてる訳無くて。ただ自分がしていることがどうも馬鹿らしくて。全てを語っても、きっと彼女は赦してくれるだろう。そして、わたしへそう指示をした人間を咎めるだろう。
心に落ちてくる罪悪感という名のインクから、暗い感情が滲むのだ。全てをあのひとへ擦り付けて、公爵令嬢の後押しを受けてここから出て暮らしていくことを望めば、願っていた願いは大方叶えられる。けれどもそれを良しとしてくれないこの感情が、ここまで堕ちたはずのわたしのなけなしの良心が、ここでわたしをやめようと止める。
「王子……」
貴方の傍にいたいと願っただけのわたしは、どれだけ罪深いのだろう。これ程にも苦しい思いをしなければならない程、きっと罪深いものなのだろう。なら何故、わたしは王子と出会ってしまったのか。叶えられぬ願いならば、いっそ願う前に無ければいいのに。
そんな言い訳をして、誰かを恨んで、誤魔化していなきゃわたしは貴女に縋って泣き出して慈悲を乞いたくなる。乞えば与えられる慈悲に貴女を羨んでも、自分が惨めになるだけだとわかっていても。
「ああ、なんて愚かなんだろう……」
捨てられない感情と、未だぶら下がる願望がこんなにも惨めだったということ、そんなことは知らないでいたかった。




