シリウス編1
「……姉様」
ごとりと揺れる馬車の中。見慣れない景色も、乗り慣れない安い座席も、全てどうでも良いと思うくらいに思考は一人の女性で満たされる。
「ごめんなさい、シリウス」
僕が公爵家から追放されると決まったとき、姉様は何故か一人自分を責めていた。
「私のせいね」
「姉様のせいじゃないよ」
次期公爵の立場である自分が犯した罪の重さは、自分が一番良く分かっている。
だから、お父様とお母様に向ける顔がなくて謝罪しか口にしない僕を気遣って二人がこの場にいないのも、全ては自分のせいだ。
「ぜんぶ、僕たちのせいだから」
何も知らない姉様は、何も悪くない。
姉様を自由にしてあげたくて、諦め悪く足掻き続けた僕とセルターが悪いだけで、結託して、全てを失っても後悔しないように動いて来た。それなのに、その実セルターが僕も庇おうとしてたんだから、僕が一番悪だろう。
「それじゃあ、さようなら……ローゼマリン・フォン・ヴェスター公爵令嬢」
とん、とその市井の格好を纏う足を公爵家から出したら、僕にもうその名前を呼ぶことは許されない。
「ええ、シリウス」
だから、僕が僕を捨てる為にそうやって敢えて姉様を呼べば、彼女の顔は一瞬乱れて、でも、僕の意思を酌んでくれたのか、きちんと合わせてくれる。
「さようなら」
決して、家族に向けるような笑顔ではない。完璧に作られて、計算された、次期王妃の微笑。
一礼して、僕は姉様に背を向ける。そしてお父様が手配してくれた馬車に乗り込んで、何処に行くのかも分からない片道切符を手にした。
「幸せになって、欲しかっただけなのになあ」
いくら回想しようが決して褪せない思い出を抱えて、殊更強く思う。
けれど、きっと僕たちがいなくなってしまったことを、姉様は忘れられはしないだろう。
そう、こんな結末になってしまったら、あれ程望んでいたはずの姉様の幸せを、僕らが奪ってしまったことになる。
ただ、姉様に幸せになって欲しいだけだった。
そんなことを望むことすら許されなかったのだろうか。
何もしないことが姉様にとって一番幸せだったのかもななんて、考えもしていなかったから。
「どうすれば良かったんだろう」
今回の婚約破棄の騒動は、何一つとして姉様の幸せに繋げることが出来なかった。
それならいっそやっぱり、何もしない方が良かった。でも、それじゃあ姉様があんな糞みたいな王子の元で飼い殺される日々を見ていろと言うのか。
「わからないや」
何度も何度も考えて、考え直したけれど、姉様が僕たちに謝る理由も、僕たちがどうすれば良かったのかもも分からないまま、僕は馬車に揺られ続けた。