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悪役令嬢が救われるのならヒロインだって救われていいと思う  作者: 高槻いつ
番外編

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ローゼマリン編1

 私の一日はアリス様がいなくなっても、ミヤがいなくなっても、変わらない。


 アリス様と共に過ごした時間は一月、二月に足らぬ程で、三日も過ごせば元通りの、本来卒業後に送るはずだった生活に戻るだけ。



 朝起床し、昼頃までお父様の仕事を手伝い、夕方は趣味の時間を過ごす。



 けれど。


「み……」


 何かをして欲しいとき、誰かを呼ぶとき、ずっとずっと習慣付いている名前が、私の舌を滑る。


「お嬢様。私が」

「ええ、ごめんなさい、ルチナ。紅茶を淹れてくれるかしら?」

「かしこまりました」


 ミヤの代わりに新しく私に付いた侍女、ルチナ。茶色い焦げた色と、反して透き通るような青い目が特徴の、侍女。


 ミヤがいたときは、私に付いていた侍女は一人だった。けれどいない今は、私に三人の侍女が付いている。


 今、紅茶の支度をしてくれているルチナ。そして恐らく湯浴みの支度をしているであろうナディアと、トリシャ。


「お嬢様、お待たせしました」

「ありがとう」


 ことりと、テーブルに置かれる慣れ親しんだ紅茶。


 本を端に寄せ、一口口に含めば、それが求めていた味とは違うことに気付いてしまう。


「美味しいわ」


 かといって、美味しくない訳じゃない。公爵令嬢の侍女であるのだから、彼女達がそんな紅茶を淹れるはずがない。


 しかし、違うのだ。


 慣れ親しんで、求めて、飲みたい、味と。


 彼女達が淹れてくれる紅茶は美味しい。けれどかつてミヤが淹れてくれた紅茶は、私好みになるよう彼女が研究し、作ってくれたもの。


 それを彼女達に求めるのは酷だということもわかっている。


「ありがとう、美味しかったわ」


 カップとソーサーを机に戻し、片されるそれら。


 私は再び読書に戻り、ルチナは後片付けをするために、部屋を出ていった。




「お呼びですか?お父様」


 晩餐後に、私はお父様に呼び出された。


「ああ、ローゼ。入って」


 お父様の応答が聞こえてから私はお父様の部屋の扉を開け、中に入る。


「座って」


 そして促されるがまま、お父様の対面にあるソファに腰掛けた。


「セルターの処分が下ったよ」


 私がソファに落ち着いた後、お父様は開口一番、そう放つ。


「聖女と知り、黒幕であるルノーウィル王子と組んでいたこと。その一点はやはり、看過出来ない点だと。極刑だそうだ」

「…………そう、ですか」


 予想通りとはいえ、お父様の言葉は、胸に深く沈み込んだ。


「シリウスは公爵家からの追放、ジルベルト王子は隣国へ強制送還。そういう手筈になる」

「そう、ですか」


 シリウスが加担していた行為は、勅命である婚約をひっくり返そうとした。それは、国王に対する反逆。それだけのことをしても、命が残り、追放程度で済ませてもらえるのなら、儲けものだと考えてもいいだろう。


 ジルベルト王子は他国の人間だから、ここでどうにか出来るものでもないし、その辺りが妥当か。


「…………アリス様は?」


 唯一、先が出てこない、黒幕にも関与していて立場がそう切り捨てられる人間じゃないアリス様の先を、私は尋ねる。


「今のところ保留だ。…………が、この国が最も求めていた存在を、国は捨てることが出来ないだろう。なんらかの条件を付けて、聖女の立場を守るだろうな。国民には、発表されないだろうが」


 それもまた、想像通り、か。


「わかりました。ありがとうございます、お父様」


 一礼し、私は立ち上がる。そのまま退室しようと背を向けた私を、お父様が引き留めた。


「カイン王子と……」


 しかし、その先をお父様は、言わなかった。


 だから私は聞かなかったことにして、そのまま退室する。



 私に選択肢はない。伯父様から与えられた物に、頷くしかない。


 けれど、シリウスも、セルターも、ミヤもいないこの国。大切だった存在を失った私は今、この国を治められる気が、しなかった。





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