裏切り者?
「姉上!」
あの後、会話は途切れてしまった為、看守へ本来の仕事を全うすることを約束させ、帰って来た。
気が緩んでとぼとぼと歩く私の姿を教育係が見たら間違いなくお説教コース。けれでも幸いなことにそんな私を出迎えてくれたのは、弟のシリウスだった。
「ただいま、シリウス」
「おかえりなさい。父上も母上も、姉上があの人に会いに行ったと聞いてとても心配してましたよ」
一見クールに見える眼差しも、その金の瞳は安堵で揺れている。
「姉上がここ一週間何やら準備をしてあの人の所に行くなんて、何がそんなに気になるんです?あの人は姉上を殺そうとしたんでしょう?」
口調は厳しいけど言っていることは私を心配してくれているのがわかるから、私はそっと首を振った。
「アリス様はわたくしに毒など盛っていないわ」
「何故そう思われるのですか?」
「シリウス、あの料理に毒なんて入っていなかったのよ」
今度はそのクールな表情も壊れた。目を見開いて、口も指ひとつ入りそうな空間がかぽりと開いている。今後もう滅多に見れないだろう貴重な姿をきちんと脳に保存して、からかう種にしようと思う。
「え、え、だって、そもそも彼女はそれで牢に入ったのに?」
「そうよ」
「なら、何故……」
彼女は自ら牢に入ったのだろう、と、シリウスは言った。
「シリウス、それどういうこと?」
聞き捨てならない新事実に口調も忘れてシリウスに問い詰める。少したじろいだシリウスが眉間に皺を寄せて語った事実は、それまたアリス様とは正反対の主張。
「彼女は姉上の皿に毒を盛ったことを自ら認め、地下牢に入れられることになった。カイン王子もそれに関しては何も知らないと言い張り、独断で姉上を殺害しようとしたという判断で、地下牢に行ったと……」
全く違うその話を掘り下げる前に、確認しなければならないことがあった。それを聞いたシリウスは当然のような顔で、その名前を教えてくれた。
「そう……ありがとう、部屋に戻るわね」
玄関ホールで立ち話をしていた為に身体は少し冷えていて、寒さのせいか感じる悪寒に大人しく部屋に戻ることにした。夕食はいらないとシリウスに言伝てを頼み、私は自室に籠った。ぽふっ、と埋もれるベッドに寝転んで、目を閉じる。
「どうして、貴方がそんなことを知っているの……?」
ぽつぽつと零れ落ちる言葉を咎める人間はいない。だから次々と溢れてくる問いも、口から漏れていく。
「身内に裏切り者がいるって、聞いた後にその話じゃ、まるで、貴方が裏切ってるみたいじゃない……」
目の奥、浮かぶ姿はいつも笑っていて、いつも私を気にかけてくれた大切な従兄弟。パーティーの後、直ぐに彼女へ会いに行ったという貴方。あの話を聞いてしまったら、証拠を捏造することも、彼女を犯人に仕立て上げることも、出来てしまうのだ。
「セルター……どうして…………?」
名前も、言葉も、虚しくただ消えていく。