悪役令嬢の対面4
「これはどういうことか説明願えますかな、ルノーウィル殿下」
娘に頼られたのが引き金だったのか、唐突にキリッとお仕事モードに入ったお父様の声は冷たい。
それでも語尾に含まれる怒りは隠れず、責め立てるように殿下と、付けた。
「ああ、フォン=ヴェスター公爵」
ルノーウィル王子は先程の脱ぎ捨てた羊の皮を被り直してしゃあしゃあと挨拶を告げ、いつもの儚げな少年風の微笑みで誤魔化そうとしている。
そんなのに誤魔化される訳もないお父様はもう一度追及し、ルノーウィル王子は諦めたように溜め息を吐いた。
「はあ」
面倒だな、と、被り直したばかりの羊の毛を巻き散らかしたルノーウィル王子の様子に、お父様は少なからず驚いたようであった。
「…………成る程」
以降、どちらも閉口する。
応接間の外は騒がしい。けれど、切り取ったようにここだけは静かで、嫌な汗がこめかみを伝う。
「ねえ」
そんな沈黙を破ったのは他ならぬルノーウィル王子で。
「あんたはさ、どうして生まれてきたの?」
恐らく私に投げ掛けられたであろうその言葉に、私は真意を掴めずルノーウィル王子を見返す。
「あんたがいなければ、俺は王になれた」
独白に近い、力の籠らないその声は、カーペットに沈む。
「兄上よりも、父上よりも、誰よりも、ずっと優れてるのにさ」
あんたがいなきゃなんの価値もない兄上なんかに、なんで負けるのだろうか
第一王子というだけで優遇される兄上
碧眼じゃあないからと継承権さえも与えてもらえない始末
不公平だろう、と、捲し立てたその声には怨嗟と、嫉妬と、羨望がごちゃ混ぜになっていて、私は視線を落とした。
「あんたのせいだ。全部、お前のせいだ。ローゼマリン…………フォン、ヴェスター」
心に追撃のように刺さるその台詞。
そうかもしれない。
私がこの世界に変革をもたらさなければ、彼は優秀な弟としてそれ相応の立場を得られただろう。
けれど、カイン王子より優秀であっても、その婚約者程目立った手柄はないからと、彼はカイン王子の下に就くことになった。
それは紛れもなく、私のせい。
けれど、
「それが何かの言い訳になるのですか?」
起こしてしまったことをなかったことにするなんて出来ないし、いくら私が後悔したところで過去に戻る訳じゃない。
「それが聖女を貶め、殺そうとしたことの、釈明ですか?」
私が今すべきは後悔でも自責の念に駆られることでもなく、反逆者を捕らえるということだけ。
応接間の外から様子を窺っていたお父様の侍従に縄を持ってこさせるように指示を飛ばし、お父様の陰から出る。
「ルノーウィル王子、貴方を拘束します。国家裁にて審議後、恐らく死刑になるでしょうが……」
やけに大人しい彼へそう宣告してから、伝えるべきかどうか悩んだ言葉は飲み込むことにした。
何を言っても、全てにもう価値はない。
騎士に拘束され、お父様が付き添って王都へ運ぶ。
第二王子ではなく、聖女を害そうとした罪人として。国家反逆を企んだ謀反人として。
実に後味の悪い、黒幕の引き方だった。