彼女の話したいこと
「裏切り者って、そんな、」
けれどそんなことは、やっぱり信じられない。それは信じてもらえる筈も無いと彼女はわかっていて、口から滑った私の言葉に驚いている素振りは無い。それが余計に、その事実を語っているようで。
「フォン=ヴェスター公爵令嬢。わたしは決して貴女に毒なんて盛っていないし、そもそも王子の婚約者へ悪感情を抱いている訳でも無いのです。派閥の令嬢方が言っているような悪口をわたしは王子に伝えたことも無い」
「……それは、信じるわ」
そう言った私に目を見開き、今度は驚いたようだった。私がそれを認めるということは、私サイドの人間に裏切り者がいると信じたのも同然で、彼女の驚きは当然だろう。
「本当は貴女にお教えした方が良いのでしょうが、その名を伝えることは出来無いのです」
何故?と問い詰めた私へ、彼女は下を向いて続ける。
「協力してくれないか、と言われました。フォン=ヴェスター公爵令嬢を貶めたい、と。理由は推察でしかありませんが……多分、ドン底へ落ちた公爵令嬢を救い、自分のモノにするためではないかな、と思っています。その話を断ったとき、その人は呪いを掛けていきました。本人を特定出来るような情報を話せばわたしは死ぬそうです。嘘か真かはわからなくても、流石に貴女の前で死ぬのは良くないでしょう?」
言い切った彼女は漸く顔を上げて私を見た。じっと見つめ合ったまま、私は彼女の話を整理していた。
まず、どんな手法かは知らないけど落とした後に救えるだけの財力と権力を持っていること、庶民としても豊富な魔力を所持している彼女へ呪いを掛けられる程の力を持っていること。加えて、殺すことも厭わない残忍な面。そんな人物に、心当たりなど勿論無い。
「アリス様、わたくしは必ずここから貴女を出してみせます。ですからもう少しだけ……」
「ローゼ、何をしているんだい?」
我慢して、と続けようとした言葉は、愛称で私を呼ぶ彼に遮られた。こんな暗がりでも煌めく青銀の髪と、濃紺と漆黒のグラデーションがかる、深海のような色を宿す眼差しは一緒に牢の中にいるアリス様一人へ、向けられている。
「ローゼ、この地下牢は君が?」
「はい、ジルベルト王子」
隣国の貴方には関係無いことでしょう、という意味を込めて敢えて他人行儀の呼び方で応じた。その意図を正しく汲んだであろうジルベルト王子が、更に眇めてアリス様を見た。
「ローゼ、何故その罪人にそこまでする?」
「ジルベルト王子、わたくしはただ真実を知りたいだけです」
はぐらかし、突き放す私へ詳しく話す意図が無いことを悟った王子は踵を返して、こう残していった。
「ローゼマリン・フォン=ヴェスター公爵令嬢、私はただ君が心配なだけだよ」
「ありがとう存じます、ジルベルト王子」
その心だけ頂きます。そんな風に取られる言葉を気にした風も無く、ジルベルト王子は地上へ上がっていった。




