誘拐劇の幕間
「…………そう、ですか」
彼女の赤い目は、私を映していた。
「あのひとの仲間、やっぱり、貴女だったんですね」
アリス・セントレナは、両腕を拘束され、両足を鎖で繋がれても、ただじっと私を見ているだけ。
そして、腑に落ちたように呟いた。
「そう、ですか」
ローゼマリン様が、悲しみますね、と、口惜しんだ彼女の声に、私は拳を硬く握り混む。
小さな部屋。
アリス・セントレナがいた地下牢に近付けたこの空間で私はただ佇んでいた。
お嬢様が嫌いな訳でも、憎い訳でもない。あの方に一生お仕えすることを誓った気持ちに嘘はなかったはずだった。
けれど、五つ下の少女が起こす行動は突飛で、優れていて。
ずっと私が望んでいたはずのモノを全て持つ主が、妬ましいと思わなかった訳じゃない。
「…………どうして?」
アリス・セントレナを捕まえた。あのひとと交わした条件は満たした。これから私は、名家の妻として社交界に立つことだって許される。
それでも、鎖に繋いだアリス・セントレナを見る度に、あの赤い目に貫かれる度に、あのひととは違う輝きを宿したその目と合う度に、どうにも消化出来ない、なんとも言えない気持ち悪さが胸を充たす。
望んだモノはこの手に揃うはずだった。
全てを、手にすることが出来るはずなのに。
部屋の隅に膝を立てて、頭を抱えて、彼女の視線から逃れる。
責め立てる訳でもなく、詰る訳でもなく、ただ凪いだ海のような静寂さが、ひどく、心地悪かったから。
「可哀想な人ね、貴女も」
じゃらりと鎖の擦れる音がした。だから、私は耳を塞いだ。それでも、アリス・セントレナは言葉を続けた。
「目先のことに捕らわれて、肥大した自尊心を擽られた結果、残るのは後悔だけなのね…………可哀想な、人」
静かな、言葉だった。平淡な、抑揚のない、事実だけを語った言葉。
そんな彼女の言葉が、胸に充ちる全ての違和感を浮き彫りにしてしまう。だから私は耳を塞いで、彼女から目を逸らして、誰かがこの瞬間を終わらせてくれるまで、ただ待った。
アリス・セントレナでも、あのひとでも、…………お嬢様でも、誰でも構わない。
ただ、この罪悪感を洗い流してくれるような出来事さえあれば、もう、どうでもよかった。
過ぎた日々は戻らない。自ら捨てた場所にすがり付くことなんて出来ない。
身に余りすぎた自尊心は結局、全てを奪うだけなのだと突き付けられただけの、誘拐劇。
もし、お嬢様を嫌いだったら。
もし、お嬢様を憎んでいたら。
もしも、この欲深い感情と上手く、付き合っていけていたのなら。
…………こんなことは、しなかったのだろうか?
こんな感情を抱くこともなく、彼女を、殺せたのだろうか。