嫌な予感
走る。より、一歩手前くらいの早歩きで屋敷を急ぐ。
「おじょうさ……」
まー!と、侍女長が途中叫んでいた気がしたけれど、私はそれどころではないので再び足に意識を集中させる。
この予測が当たっているのであれば、私はとんでもなく大きな間違いをしたことになる。思い返せば、不自然過ぎることだらけと言ってもよかった。それでも、私は何一つ疑問に思ったことなんてなかった。
「あれ、ローゼお嬢様」
こんなところへなにか?と私と馬とで見比べるのは愛馬の管理を任せている調教師。
「直ぐにマリーを出して」
ローゼマリン、だから、愛馬の名前はマリー。頭の中ではそんなくだらないことを考えてはいたけど、吐いた言葉は荒く、声質も低い。
「怒られても知りませんよ?」
私のやんちゃ癖を知っていた頃からの付き合いな彼は、私を引き止めるということを諦めた。
マリーへ鞍、ハミを装着させている間に私は厩舎に備えてある乗馬用の服に着替える。
「よくお似合いです」
「ありがとう。バレるまでは内緒でお願いね?」
マリーの上へと乗れば、装備は勿論、マリー自身よく手入れされてある。
人差し指を口に当てて口止めを頼み、私は厩舎から近い裏門を目指して駆けた。
「いいこね、マリー」
実に久々の乗馬ではあったが、マリーは主人を忘れることなく私の思い通りに駆けてくれる。難点は、乗馬をサボっていて私の筋力が衰えていることか。
「走り続けても朝頃、か」
現在日の暮れた夕時。思いの外セルターと話し込んでいたことがわかる。
公爵邸から少し離れた所にある私の別荘までは馬車で一日、馬ならその半分。それくらいの距離しか離れていないで別荘と言っていいのか、とは自分でも思うけれどあそこは叔父様の商会と近いから購入しただけであって、別荘として使ったのは今回が初めてだ。
「頑張ってね、マリー」
馬は乗り手の感情を繊細に嗅ぎ取れる動物。私が不安がればマリーも不安になるし、私が疲れたと気落ちすればマリーにも影響が出る。
だから出来る限り私はマリーへ声を掛けながら走った。
完全に日が落ちて暗くなろうとも、眠過ぎてマリーから落ちそうになった時でも、ただ走る。
急ぐが故に獣道へと入って身体が擦りきれても、朝日が顔を出して一日の始まりを告げても、マリーは足を止めようとはしない。
そうして半日が過ぎて、漸く私は別荘へと辿り着いた。