悪役令嬢の権力
また行く、と言って一週間が経ってしまった。
彼女をなんとかあそこから出せないかとあれやこれやと走り回り、流石に出すことは出来なくても、地下牢でもなんとか私のポケットマネーから設備投資するという話であの環境を調えることを許された。これで、彼女に会いに行ける。
嬉々と、と言ってしまうとなんとも不適切だけれど、気分的には待ち侘びた日がやっと来てとても嬉しいのだ。そうやって侍女のミヤが誂えた簡素な水色のワンピースに身を包み、地下牢へ降りた。
けれど、地下牢へ降りてくる途中、前回は無かった筈の顔をしかめる程の臭気と変わった看守の面に、頭にははてなマークが飛び回る。が、それもその先の鉄格子の中で、明らかになった。
「……アリス様!?」
ぐったりと床に倒れて、思わず声を上げた私に漸く少しだけ反応するようなその姿を捉え、急いで駆け寄る。
「あれ……こうしゃくれいじょう?」
舌っ足らずな、初日に見た彼女とは余りにも掛け離れたその姿に看守を呼び出す。曰く、最近は食堂で廃棄が出ないから二、三日は飲まず食わずに近いこと、彼女を世話する筈の女性看守が突然辺境へ移動することになり、汚物は盥に入ったまま、ましてや水で身体を清めることも二回目以降していないということ。
「わたくしの指示に従いなさい!」
それを見兼ねたわたしは、実際は何の権限も持ってないけれど偉そうに、公爵令嬢という名のパワーを遺憾無く発揮させる。
汚物の掃除から、綺麗なお湯と布を用意、ついでに看守を脅して食事も用意させる。そしてそれを終えると私が用意したベッド、机、椅子、カーペットの一式を馬車から持って来させる。
それを一通り行えば、午前が終わった。
「ごめんなさい」
少し生気の戻った彼女へ頭を下げる。
「フォン=ヴェスター公爵令嬢。貴女が謝ることでは無いでしょう、貴女は渦中にいる人物なのだから」
蝋燭が揺らめいて、頬にその色が差さる。一見無愛想に見えるその表情も、よく見れば困惑が滲んでいた。
「……こうなるだろうな、とは思っていましたから」
訥々と彼女は語り出す。斬首が決まった後から看守の対応が粗雑になって行き、ついには世話を放棄されたこと。
考えるまでも無い、公爵令嬢を殺害しようとした人間を丁重に扱う必要等無いし、ましてや一月後には死ぬような人間だ、と。
「だから、貴女が……フォン=ヴェスター公爵令嬢が来たときは、遂に天から迎えが来たのかと思いました」
睫毛が伏せって、目元に影を落とす。
「また行くって、言ったわ」
窶れ、儚げにはい、と返事をした彼女。いくら応急で処置したって、これではまた同じ日々が…………
「え?」
どうしようか、そう考えて、彼女がさっき口にした『斬首』という言葉が、理解出来なかった。
「その通りですよ、フォン=ヴェスター公爵令嬢の料理に毒を仕込んで殺そうとしたんですって。だから、殺人未遂で斬首」
目を細めて口角をあげて笑って見せる彼女の、あっけらかんと放ったその言葉は、やっぱり理解出来なかった。
「え、わ、わたくし、そんなこと一言も……」
聞いてない。
「だって、料理に毒なんて、入ってなかった」
少々特殊なこの身体は毒なんて効果無いけど、そもそも毒が入っていれば私が身に付けるアクセサリーが光る筈だ。そういうことに、なっているのだ。
「ローゼマリン・フォン=ヴェスター公爵令嬢」
動揺する私を他所に、まるで予想してたかのような反応を見た程度の顔しかしていない彼女を、見つめる。
「貴女は、美しい人でしょう。それだけじゃない、由緒正しい家柄、潤沢な資産、貴族なら誰もが欲しがる魔力所持量に、先見の明を持つ頭」
区切って、言い難そうにまた口を開いた。
「貴女は優しい人……だからこそ、もっと周りの人物を知るべき」
「え……」
それは、つまり。
「身内に、裏切り者がいる……?」
ふっと逸らされた視線が物語る。今言った言葉を裏付ける。ここでそんなことある訳無い、嘘だろうって問い詰めたくても、たった数十分話しただけで、分かってしまった。
彼女は、嘘を吐いていないのだと。