悪役令嬢の準備
「では、先に別荘でお待ちしていますね」
「ええ、すぐに向かいますから」
翌日。実に仕事の早いミヤのおかげで翌早朝には馬車の手配が着いた。そして別荘への連絡等も済ませ、別荘で過ごす分のアリス様のドレス、聖女として謁見するための聖装さえも仕立て始めているという。
「無理はなさらないでくださいね」
「アリス様こそ」
「ふふ」
そんな軽口を数度繰り返し、馬車が動き始める。去り際、ぺこり、と頭を下げたアリス様の姿が見えなくなるまで馬車を見送り、一度自室に戻ることにした。
「ミヤ、お茶を……」
部屋に戻り、一息吐こうとミヤに声を掛けようとしたところで、ミヤはアリス様の傍に就かせたということを思い出す。
「ミヤがいないなんてこと、今までなかったからね……」
ふう、と溜息を吐いて一息吐かせた私は頭を切り替えるためにソファでなくテーブルへと向かう。
まだ高級である紙を引き出しから一枚取り、黒いインクへ羽ペンを浸す。
「……よし、これでいいでしょう」
インクが早く乾くようにと少しパタパタさせ、我ながら達筆な字である、と自賛。
そんな字の内容といえば、ラブレター。
会いたいから時間を作って、という。
その相手が他国の王子である故に差し出し印は商会を営んでいる私のもの。あくまでも一商会として面会を求める、もの。
「さりげなくセルターとシリウスも呼びたいけど……」
書いた内容にジルベルト王子が対応してくれるかはわからない。その差し出し印が、私個人の商会のものとは知らないはずだから。
が、巷ではそこそこ有名であるし、新商品も比較的出しているし、王子である彼としてはこの面会を断るメリットはないはず。という期待を元に出す、ラブレター。
「場所さえ作れれば、あとは聞くだけ」
皆の意見が揃わない、あのパーティの夜のことを。
「ああ、伯父様に謁見を……」
それが終わっても、まだ国王へ聖女のことを伝えるという大切なことが残っている。
ジルベルト王子との面会、国王への拝謁。
「早くて一週間、遅ければ一月は掛かるわね……」
特に国王へ拝謁するまでが読めない。私が緊急謁見を申し立てるくらいだから、と割かし優先順位は上げてくれるだろうが、そこまで伯父様は私情で仕事していない。
「ミヤの紅茶が飲みたい」
慣れ親しんだ味は、暫く口にすることが叶わない。私はまた溜息を吐いて、今度は国王への謁見願いを書き始めた。