ヒロインの心配
「ローゼマリン様……」
あれから数十分これからについて話し合って、客間へと戻ってきたわたしはぽつりと名を呼ぶ。
綺麗で、頭が良くて、慈悲深い。そんな人の、名前を。
「…………わたしのため、じゃ、ない?」
逸らされた紫色の瞳は翳っていて、追求しようとしたわたしの言葉を断ち切ったローゼマリン様の様子は、どうも変だった。
礼を言われて戸惑い、さしたる利益がないわたしを保護するという状況。
彼女が賭ける立場と、わたしの保護とでは利が全く釣り合わない行動。
そんな中でもわたしを助けてくれるというのは、ローゼマリン様の慈悲深さか、それとも、別の何かがあるからなのか。
そうやって勘繰ってしまうわたしは、なんとも醜い。
「…………」
ローゼマリン様に隠し事をしていて、黒幕も言えないなんていう足手まといな人間のわたしが、ローゼマリン様の心うちを知ろうなんて、筋違いもいいところだ。
あのひとの名前を、容姿を。伝えられればきっとローゼマリン様のこれからの行動はずっと楽になるはずなのに、と唇を食む。
「聖女の力があるなら、そんなものなんて、どうにかして解除してよ」
ぎゅっと噛み締めて、ぷつりと切れた唇は血の味が口内に滲む。
聖女でなければ、ただの人であれば、わたしはその呪いが本当に掛かっているのかを検証したって構わない。けれど、聖女として存在してしまっている今は、そんな浅はかなことは出来ない。
「…………どうにかして、伝える方法を考えなきゃ」
直接的に伝えることが叶わないのなら、遠回りに、それでいてかつあのひとへ絞れるような情報を。
「髪色、目の色、住んでいるところ……」
思い出したくはないあのひとの特徴を懸命に上げれど、どれも繋がりがきつすぎて呪いに触れそうである。
「…………同じ、髪色?」
誰かに例えて、それをローゼマリン様に伝えるというのは、ということが一瞬頭を過るものの、そんなことではだめかと案を却下。
「地位が高い、と伝えるのは多分大丈夫……」
そこに貴族と比較して、と伝えるのは一種へ絞っているようなものだからきっとだめだろう。
「うん……全然伝えられない」
むしろ、伝えられないということが最大の絞り込みになるんじゃないかとすら思う。
「決めた」
その方向性で行こう、と考えたわたしはふかふかのベッドにごろりと横になる。明日には別荘へ出発するものの、荷物など存在しないわたしはそのまま目を閉じた。
先程から酷く眠気がするのは、きっと疲れているからだろうと思いながら。