逃亡劇の背景3
口を挟むことも、追い掛けることもせずにただ待つ。そうして幾ばくか経って、アリス様は続きを紡ぎ始めた。
「…………わたしが逃げれば、ローゼマリン様に嫌疑が向くことは少なくなるだろうって、思って、あの地下牢から逃げました」
上げた顔に、口から思いの外滑らかに吐き出されたその言葉に、尋ねる。
「どう、やって?」
アリス様の逃亡劇の最大の謎だった。そう聞かれるのは必然で、それもまたするすると教えてくれた。
「聖女の力みたいです。正確に言えばどうやらわたしの力は、聖女の力だと盲信させて相手に反映させる。だから、わたしが逃がして欲しいと言えば相手は逃がさなければならない、そう思い込むよう作用するみたいで、自発的に逃がしてくれました。後処理も、やっておくと」
「そう……なのね」
聖女の能力は個人によって異なるのは貴族間においては周知の事実であり、アリス様から聞くその特性は、少なくとも今まででは聞いたことのないものだった。
「自分にも掛けられるんです、これ」
だから、自分を治す余裕すらもなかったけど、ここまで走ってきたのだ、と。
おおよそ半日。王都からも眺めることの出来る学園の門を目指して、ただひたすら見つからないよう、整備された街道ではなく森の中を走ってきた。
「……聖女として、貴女はフォン・ヴェスター家で一時保護します」
問い詰めなければならないことはまだある。恐らく、アリス様に聖女としての特性を教えたのは紛れもなくアリス様へ呪いを掛けた人物。平民では聖女の特性は知らされず、個々で能力が違うことを知るのは伯爵家以上のみ。
公爵家の後ろ楯があれば、それなりにアリス様を守ることが出来る。そう判断した私は、アリス様を聖女として保護することに決めた。
「ミヤ、戻って頂戴」
「かしこまりました」
タイミング良く扉の前に控えたミヤへそう告げ、馬車は動き出す。
「アリス様、少し眠られては?」
「そう、ですね……」
癒しの加護で傷は癒えれど、疲労が抜ける訳ではない。幸いこのフォン・ヴェスター家御用達の馬車は箱型四輪馬車、+がたがたしにくい性能をお持ち。行きに良く寝た私が言うのだから、良く眠れるに違いない。
「では、少しだけ……」
すう、と寝息を立て始めたのは数分後。窓に頭を預け、アリス様は眠っている。
「…………聖女、か」
私はこのゲームをプレイしたことがない。だから、アリス様が本来どんな条件下で覚醒したのか、そもそも黒幕は誰なのか。それすらも、知らないのだ。
「もう少し聞いておくべきだったな」
フラペチーノを抱え、楽しそうにトークしていた彼女。もう会えない友人をアリス様を見て思い出すのは、何故なのだろう。




