逃亡劇の背景
「アリス様!」
馬車の中に、つい昨日会ったばかりだというのに生き別れの妹と再開したようなテンションで乗り込む。
「ローゼマリン、様」
ミヤが用意してたであろう毛布にくるまれているけど、出ている顔や手、足先等は擦り傷、切り傷が絶えない。
「回復系は全て聖女や教会の人間じゃないと教えてもらえないけど……」
アリス様の手を取っても、一瞬迷った。けれど、余りにも痛々しいアリス様を見ていてはまともに会話も出来ないと判断した私は、女神様特権を使う。
「アリス・セントレナに癒しの加護を」
ふわりと風が吹き、目に見える緑色の加護がアリス様を包み込む。
加護が傷口に溶けるように消え、そこにあるのは傷痕一つ残らない綺麗な肌。
驚きながらあったはずの傷を撫で、何もないことを確認したアリス様が口を開く。
「…………ローゼマリン様も、聖女だったのですか?」
「いいえ、わたくしは聖女ではありません」
何処か不安げにそう尋ねたアリス様へそう返せば、ほっと息を呑んだアリス様がいる。
昔シリウスが大怪我をした時、教会関係の人間以外は回復の加護を使えないと知らなかった私はシリウスを助けたい一心で祈った。そしたら使えちゃった、というだけだ。その時程女神様に感謝したことはない。
「…………わたくし、も?」
懐古に浸り、その元となったアリス様の言葉をふとなぞれば、違和感を抱く。
アリス様は平民で、その時に教会と関わることなんてないはず。学園内にも聖女は存在しないし、教会の人間は教会関係の学園へ進学するからこれまた関わりがない。
それなのに、まるで誰か聖女を知っているかのようなその口振りに、私は引っ掛かった。
「ローゼマリン様?」
自分の失言を気付いているのかいないのか、きょとんと可愛らしい顔をするアリス様の首に手を伸ばす。
「……あの?」
触れるか触れないかくらいのぎりぎりでその白い肌上に喉元から鎖骨へ指を滑らせ、指先へ魔力を籠めた。
「んっ、」
じわりと浮かぶその痕と共に聞こえたアリス様の声に、仮想だったはずの出来事は現実で、そして彼女はヒロインなのだと知る。
鎖骨下、利き手と反対側に残されるというそのサイン。雪だるまのように丸の重なった円の中に、この国の崇拝対象である女神が直々に手を付けてくださったのだとされる、私には雪だるまの顔にしか見えないそれ。
「アリス様は聖女……だったの、ですね」




