逃亡劇4
「……」
夜が明けた。
「…………」
日差しが眩しくなってきた。
「………………」
太陽が真上にある。
恐らく正午を過ぎた今、ずーっと中庭で待てどアリス様が来る気配は無い気がする。そろそろ腰とお尻が痛くて死ぬと身体が限界を訴えている。
「ふふ……っ」
ふらりと目眩がするまま立ち上がり、ドレスに着いた砂をぱたぱた払っていれば、我ながら不気味な笑い声が出ていた。
「そろそろ着いてもいいんじゃない……?」
そもそも私が隠れる必要なんて無い。アリス様を見つけらたら全力疾走で捕まえればいいのだ。じゃじゃ馬姫と呼ばれた私の脚力なら行ける気がする。
未来の私が思い返せばなんてバカなことを言っているんだろうと白い目で見るだろうけど、今の私にはそんな客観視出来る正常な頭は無かった。
数時間ひたすらぼうっとして過ごし、襲い来る眠気を頭を振って誤魔化し続けたせいで頭痛がするし、もう危機感のきの字も無い時間を過ごしたせいで(自業自得)夜更けの緊張感は何処かに行った。
例えるなら前世で、意気込んでセールに向かったらセールの前日だった、みたいな微妙な例えしか浮かばないけどそんな感じだ。
「お嬢様……」
ふらふら幽鬼のように歩く私の前に、ずっと寝ていないだろうにいつもと変わらない様子のミヤが現れる。
「どうしたにょっ…………したの?」
ほぼ周りが見えていなかった中で声を掛けられた私は盛大に舌を噛む。なんとか取り繕えはしたものの、じんじんする舌を公爵令嬢だけどちょっと擦りたくなった。
「アリス・セントレナを確保しました」
うん?
「お嬢様の探していたアリス様を、確保…………保護しました」
「…………いつ?」
「30分程前です」
私はその場に膝と手を着いた。仕方無いと思う。
「事情等も聞いておりますので、どうぞ」
私が中庭でうとうとしていた間、仕事の早い侍女は馬車を道端に寄せ見えないようにして待機させ、そろそろと学園に入ろうとしていたアリス様を保護していたらしい。
諦めていた頃にはもう事態は収拾していて、それを知らずに私は幽鬼もどきになっていたのだ。
なんて格好付かないのだろう。
「大丈夫です、お嬢様」
「何がよう」
優秀過ぎる侍女も考え物であり、主が優秀でなければ侍女の力は発揮してあげられないのだと知ったアリス様の逃走劇だった。
「お嬢様は……ちょっと、抜けてるだけですよ」
控えめに微笑んだ侍女が呆れているように見えたのは気のせいだと思いたい。