家族
「ローゼマリン」
「ローゼ」
「姉上」
皆のタイミングが重なった。いつもであれば嬉々として食事をする私が余り手を出さないのが、不思議に思ったのだろう。
広い食堂。縦長のテーブルに美しいテーブルクロス。家長である父は扉から一番離れた席に、母は父より二席程離れ、私は母の前。シリウスは私からから一席離れた横に。
三方から自分を呼ぶ声が聞こえ、私は取り繕って笑う。
「どうかしました?」
淑女として、表情が顔に表れてはいけない。相手に不調なことを悟らされてはいけないし、常に笑顔でいなければならない。
そう教え込んでくれたのは、紛れもなく母だ。
「ローゼマリン、食事が終わったらわたくしの部屋に来なさい」
「はい、お母様」
そんな私を見兼ねてか、お母様はそれだけ言って食事を再開した。
「お母様、ローゼマリンです」
「入って」
食後、お母様と会うということでイブニングドレスに着替えた私は部屋に訪れる。
「ローゼ、こっちへ」
「はい」
艶然と手招きするお母様。今日はお叱りモードじゃなくて、母と娘のモードらしい、とその微笑みを見て思う。
「ローゼ、どうしたというの?」
お母様が注いでくれたハーブティーを口に含み、ゆっくりと味わっていれば、お母様は対面で心配そうにカップを持っていた。
「いえ、なんでもないのです」
静かに睫毛を伏せた。そしてその後に、これを教え込んだのはお母様だと気付き、その行為に意味は無かったと知る。
「ローゼ」
「…………お母様?」
抱き締められた。
とはいえ、力強いではなく、ふんわりと、包み込むような温もりだったけれど。
「ローゼ、ごめんなさいね」
お母様の身体が、震えていた。
「貴女が5つになった頃からわたくしは貴女の教育係で……こうやって抱き締めたのは、どれ程振りかしら?」
するするとミヤが日頃丹念に手を入れている私の髪を撫でる母の手は、確かに幼少以降記憶に無い。
「お母様……」
拙く頭の形に沿って往復する手を掴み、私は首を降った。
手を取る私に瞠目したのは一瞬で、直ぐにそのヴァイオレットの瞳は隠れる。
「お母様、わたくしは感謝しかしていませんわ」
そっとお母様の手を握り直し、拒絶の意を示している訳では無いのだと申し開く。
「これは、わたくしがきちんとやらなければならないことなのです」
だから皆には頼らないのだと。
「そう…………そう、なのね」
ふっと緩んだ眼差しには、紛れもない娘への愛情が見てとれるから。
ローゼマリン・フォン=ヴェスターへの、愛が。
「ローゼ」
その後、仲睦まじくお茶を終え、心が少し軽くなった私を呼び止めるお母様。なんでしょう、と首を傾げれば、お母様は柔く笑みを湛える。
「好きなように行動すればいいわ」
貴女のことだもの、と付け加えるお母様。
「……はい」
そんなお母様に釣られて私はぎこちなく笑い返してみせる。
アリス様が、気になるのだ。
ずっと浮かない顔をしてこちらを窺うあの丸い目が悲しそうで、寂しそうで。
「ちょっと、散歩に行ってきます」
在学中ならば許可されなかっただろうけどもう学園を卒業したからか、お母様は多目に見てくれるという。
いざ行かん、本日二度目のアリス様の元へ。