ハッピーエンドの悪役令嬢
「ローゼ、何故浮かない顔をしているんだい?」
隣国の王子、ジルベルト様がわたくしの顔を覗き込み、そう言った。あのバカ王子と無事に婚約解消して、憂鬱な日々の根幹を取り払ったのに、と。
「なんでもありませんわ」
眉を下げ、困ったように笑って見せる。どうして、と言われても、原因はあの子だと分かっている。バカ王子が婚約破棄を言い出した時の、後ろに控えていたあの子の赤い瞳が揺れて、朱に濡れる唇がどうして、と、動いたのを見てしまったから。
だから、こんなにも、気分が晴れない。本当に彼女は私を陥れようとしたのか、そんな思いが、勝ってしまうのだ。
「姉上、折角の卒業式でしたし、今日は帰ってパーティーしましょう?ね?」
「シリウス……そう、そうね……」
落ち着かない、居たたまれない、はっきりとは言えない、白紙にインクを一滴垂らしたような気持ち悪さが残る。
じわじわと広がって、もう、取り返しの付かないことをしたような。
きゅっと目を瞑って、過去を見なかったことにする。そう出来れば、この感情だって知らなかったことに出来るのに。
「ローゼ、僕達が悪いことをした訳じゃない。彼等は然るべき対応だっただろう?」
先程彼女に会ってきたという従兄弟のセルターがそう言っても、やっぱり私は見なかったことになんて出来なかったのだ。
「ごきげんよう」
「…………ごきげんよう、ローゼマリン・フォン=ヴェスター公爵令嬢」
みんなの制止を振り切って、地下牢の前に衛兵を立たせるということで手を打った。こつこつこつとヒールの音が響いて、顔を上げた彼女へ挨拶をした。
こんなところでごきげんよう、なんて、馬鹿にしてると思っただろうか。
けれども、私を見る目には諦観したような色があって婚約破棄の理由となったらしい、私が彼女へ嫌がらせをした、とそんなあからさまな嘘を吐くような瞳には余計見えなかった。
「お話をしたくて」
「何もお話することなど無いでしょう、フォン=ヴェスター公爵令嬢」
その瞳の真意を知りたくてそう言葉を投げ掛けても、当たり前だけどつっけんどんに突き放される。太陽の下ならば、もっと鮮やかに光るのだろう赤い眼が、刺すように私を映す。以前見慣れた艶やかな黒髪は地下牢の床に広がって、埃を纏う。
「わたくし、わたくしは……」
貴女を、ここから出したい。
そんな権限を、私は持っていない。だから詰まった言葉に、彼女は興味無さげに視線を反らして藁の寝床へ移動した。もう会話する気は無い、そういうことだろう。
「また、来ます」
聞いているかどうかは分からない、けれど、この問題を彼女の処刑だけで終わらせていいだなんて、思えない。
セルターやシリウス、侍女のミヤに言われてこの二年間一切の関わりを彼女と絶っていたけれど、遠目に見る彼女はいつも少し微笑んでいて、王子の横で幸せそうにしていた。
私に突っ掛かって来ることも無く、他の派閥の令嬢から言われたことも繰り返さないようにと気を付けていたことも知っている。
ダンスホールで公爵令嬢を退け置いて最初に踊るのはマナー違反であると知った彼女がそれを守っていたこと、王子の国から出される婚約者費用を彼女に使うのを止めてとは言わないが、少しは婚約者にプレゼントした方が良いと彼女が言っていたこと、密室では二人きりにならない、過度なスキンシップもしない、そうやって矢面に立つ彼女がどれ程他の令嬢にきつく言われても真摯に受け止め、改善してたことを知ってる。
だから私はやっぱり、彼女が王子に私との婚約破棄を願い出たなんて、信じられないのだ。




