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悪役令嬢が救われるのならヒロインだって救われていいと思う  作者: 高槻いつ
本編

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19/81

明日の約束

「アリス様?」


 今日の彼女は少し変だった。


 どこかぼうっとした顔で遠くを眺め、焦点の合ってない瞳で私を透かして何かを見ているような。


「あ……ごめんなさい」


 今気付いた、と言いたげなやっと焦点の合った赤い目。


「どうしましたの?何処か悪いですの?」

「いえ、そういう訳では……」


 歯切れ悪く、無意識だろうに自分の中の喉に触れるアリス様。そこにはうっすら残る人の手の跡。


 今日、ここへ来たとき一番最初に見つけたその痕跡を、アリス様へ尋ねるべきかどうかを私は決めあぐねていた。どう見ても、考えても、それが悪因であるのは違いないのに。


「アリス様……」


 しかし尋ねたところで、答えてもらえないような気がした。


 昨日まで縮まったと思っていたはずの距離が、今日はまた振り出しに戻ったような遠さを感じる。あんまり目も合わせてもらえないし、昨日まで弾んでいた会話も反応が無い。


 茶葉の会話、菓子の会話、ゴシップに商会に自虐まで。


 一通りネタを出し切った私は、最後に紅茶を飲み干し、告げる。


「アリス様の体調も優れないようですし、今日はこの辺で失礼しますね」

「あっ……」


 席を立つ私が日を改めようとそう言って帰ろうとすれば、アリス様は何か言いたげに名残惜しい声を出す。


「い、いえ、なんでもありません」


 思わず出たのだろう。自分で驚きながら取り繕うアリス様を見て、もう少しでここから出せるのだと、告げたくなる。


「アリス様。また明日、来ますわ。だから、次はアリス様が、話題を用意してくださいね?」


 話すのか、話さないのか。それによって私が取る行動は大きく変わる。彼女を出す為のプランも、変わる。


「そうしたら、青天井の下でお茶会でもしましょう」


 笑う。せめて少しでも、彼女が選択することへの手伝いになると思って。


「…………はい」


 そんな意図を察したのか、漸く笑顔を見せてくれたアリス様。けれど、その瞳に何処か最初に見たような、諦めが滲んでいた理由が私にはわからなかった。


「また、明日」


 綺麗なままの笑顔だ。美しくて、儚くて、ヒロインに相応しい、笑顔。


 尾を引くその違和感がじとりと胸に広まって行くから、片付けを終えたミヤに肩を叩かれるまで、私はアリス様を見つめていた。




「…………さようなら、ローゼマリン様」


 目を伏せる。きっと、わたしはローゼマリン様へこのことを伝えることなく、死ぬことだろう。罪は捏造され、ローゼマリン様は槍玉に上がり、あのひとは全て手に入れる。


「死んでも構わないよ、わたしはね」


 地下牢を見渡す。


 ローゼマリン様がくれたこの空間はあったかくて、きれいで、とてもやさしかったから。


「恩返しを、しないとね」


 せめて、あのひとがローゼマリン様を手に入れるのだけは避けたい。だから、わたしは密かに準備を始めた。



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