明日の約束
「アリス様?」
今日の彼女は少し変だった。
どこかぼうっとした顔で遠くを眺め、焦点の合ってない瞳で私を透かして何かを見ているような。
「あ……ごめんなさい」
今気付いた、と言いたげなやっと焦点の合った赤い目。
「どうしましたの?何処か悪いですの?」
「いえ、そういう訳では……」
歯切れ悪く、無意識だろうに自分の中の喉に触れるアリス様。そこにはうっすら残る人の手の跡。
今日、ここへ来たとき一番最初に見つけたその痕跡を、アリス様へ尋ねるべきかどうかを私は決めあぐねていた。どう見ても、考えても、それが悪因であるのは違いないのに。
「アリス様……」
しかし尋ねたところで、答えてもらえないような気がした。
昨日まで縮まったと思っていたはずの距離が、今日はまた振り出しに戻ったような遠さを感じる。あんまり目も合わせてもらえないし、昨日まで弾んでいた会話も反応が無い。
茶葉の会話、菓子の会話、ゴシップに商会に自虐まで。
一通りネタを出し切った私は、最後に紅茶を飲み干し、告げる。
「アリス様の体調も優れないようですし、今日はこの辺で失礼しますね」
「あっ……」
席を立つ私が日を改めようとそう言って帰ろうとすれば、アリス様は何か言いたげに名残惜しい声を出す。
「い、いえ、なんでもありません」
思わず出たのだろう。自分で驚きながら取り繕うアリス様を見て、もう少しでここから出せるのだと、告げたくなる。
「アリス様。また明日、来ますわ。だから、次はアリス様が、話題を用意してくださいね?」
話すのか、話さないのか。それによって私が取る行動は大きく変わる。彼女を出す為のプランも、変わる。
「そうしたら、青天井の下でお茶会でもしましょう」
笑う。せめて少しでも、彼女が選択することへの手伝いになると思って。
「…………はい」
そんな意図を察したのか、漸く笑顔を見せてくれたアリス様。けれど、その瞳に何処か最初に見たような、諦めが滲んでいた理由が私にはわからなかった。
「また、明日」
綺麗なままの笑顔だ。美しくて、儚くて、ヒロインに相応しい、笑顔。
尾を引くその違和感がじとりと胸に広まって行くから、片付けを終えたミヤに肩を叩かれるまで、私はアリス様を見つめていた。
「…………さようなら、ローゼマリン様」
目を伏せる。きっと、わたしはローゼマリン様へこのことを伝えることなく、死ぬことだろう。罪は捏造され、ローゼマリン様は槍玉に上がり、あのひとは全て手に入れる。
「死んでも構わないよ、わたしはね」
地下牢を見渡す。
ローゼマリン様がくれたこの空間はあったかくて、きれいで、とてもやさしかったから。
「恩返しを、しないとね」
せめて、あのひとがローゼマリン様を手に入れるのだけは避けたい。だから、わたしは密かに準備を始めた。




