黒幕とアリス
「なぁ、アリス。話が違うじゃないか。お前は、殺されるはずの役目だろ?」
夜も明けぬ未明の空。未だ倒れたまま目を覚まさない少女へ、一人の少年は独白を続ける。
「あのバカ王子とローゼマリンを引き離してドン底へ落とすのは、お前の死が必要だろう?」
血の気の失った青白い頬に華奢な指が添えられる。一見、丁寧に添えられたはずの指は頬から顎へ、そしてアリスの細い首へ、辿り着く。
「僕が殺しては意味が無いだろう?」
だから、僕が君を殺す前にちゃんと死んでくれよ
絞められた首に、息の細くなるアリスを満足げに見下ろした少年の髪が揺れる。
「はっ、あ、」
苦しくて薄目を開けたアリスの視界に広がるのは、つい先程会ったばかりの、その人。
「アリス」
まるでとろりと流れる蜂蜜のような甘い声で名を呼び、急所を捕らえてるということさえ見えなければそれは、最愛の人へ向ける眼差しにも見えた。
「いや……」
息苦しくなったことへの生理的な涙か、そんな怯えるアリスを見て漸く少年は首から手を離す。
咳き込み、急に入ってくる空気を吐き出しながら捕まれていた喉へ自分の中の手を回し、アリスは起き上がった。
「アリス。約束だろう?」
整った息に一息吐いたアリス。やっと自分なりの仮面を被り直し、少年を見据え、口を開く。
「……貴方の仮面は、いつ見ても見事ですね」
「まぁ、そういう教育を受けてるしね」
で?と、アリスの嫌味を見事に受け流し、話の主導権を再び握る少年にアリスは黙りこくる。
「死んでくれればそれでいいんだからさ、ローゼマリンとなんか付き合ってないで早く死んでよ」
肩に乗せられたその言葉を、手を、アリスはぱしりと叩き落とす。
そして少年へ返す答も無いまま、再びベッドへ身を沈めた。
「ふぅん、そう。それなら、僕にだって考えがあるよ」
ベッドへ手を付き、空いた手でアリスの髪を一房掴む。
「アリス、くれぐれも気を付けてね」
ぐいっと乱雑に引っ張り、無理矢理引き寄せた耳元で脅す。
少年は少し、驚いたのだ。
ついこの間まで人形のように笑い、言われるがままに自分の元で動いていたアリスが自分に反抗してくることに。
そうさせた人間がわかっているとはいえ、自分がどうこう出来る訳では無い。
「ローゼマリン・フォン=ヴェスター…………」
改めて、厄介な存在だと思い知らされる。アリスの存在が、正体が、自分の元へ足が着く前に処理しなければならない。
「…………アリス、また来るよ」
ベッドにいる彼女から反応は無い。そんな反応のアリスを暫く眺めた後、少年は地下牢から去っていった。
「ろーぜまりん、さま……」
少女は涙を流す。それは生理的なモノではなくて、自分が犯した過ちへの免罪と温もりを求めて。
「ローゼマリン、様」




