ヒロインの過去2
学園に入って、せめて友達くらいは出来るだろうと思っていた。けれど彼女達は、私が平民上がりだと知ると離れていき、最終的には誰もいなくなった。
授業だって当然、着いていける訳無い。一月にも満たない教育で、幼い頃から教養を嗜む彼女達と足並みが揃う訳無い。
「これだから平民は……」
そんな、目線を、ずっと浴び続ける。
家から離れてこんな所へ来ても、人々が私に向ける視線は変わらなかった。
「こんな所で何をしている?」
「…………え、」
学園に来て半年、益々開くばかりの周りとの差を少しでも縮めようと裏庭の木陰でダンスの練習をしていた時のことだ、彼と出会ったのは。
「随分下手くそなステップだな」
む、とした顔が出たのだと思う。彼は意外そうに眉を上げ、わたしとの距離を近付けた。
「こっちにこい、教えてやる」
何を言っているんだろう、と、わたしはぼうっと彼を見上げる。
「良いから来い」
数歩分の歩幅の距離、彼が私に伸ばした手を取るのは簡単で。半年間、だれとも関わりを持たなかったわたしがその手を取ってしまうのは誰だって容易くわかることで。
「そうだ、やれば出来るじゃないか」
彼の教え方は、学園の先生よりもわかりやすくて、親切で、わたしは出ていた課題のステップを踏めるようになった。それに何より、誰からも褒められたことの無いわたしは、簡単に彼の言葉に喜んだ。
「大分上手くなったな」
するりとわたしの黒髪を掬った彼の手を、わたしは取る。
「貴方のお陰です……ありがとう、ございました」
ぺこりと頭を下げた時、わたしはまだ彼がこの国の王子であると知らなかった。知らなかったからこそ、こんな態度を取れた。
「いや、俺も楽しかった」
怒ってる顔か、むすりとした顔しか見たこと無い。けれどもその時彼は、寄せてた眉を解して、ごくごく普通に笑っていた。だからわたしも、自然に笑えた。
とても、楽しい時だった。
ダンスを教わり、時に雑談もし、たまには授業の講師だってしてくれた。
放課後の裏庭は、わたしにとって秘密の場所で、前に村の子が言っていた秘密基地みたいだなんて、思っていた。
まだ、王子だって知らなかった。まだ、恋心なんて呼べるものじゃなかった。まだ、幸せな時間を彼と過ごせていた。
何も知らないまま、何も見えないまま。
何も、苦しまなくていいまま。
ただ楽しい日々を、過ごせていた。
まだヒロインの過去編続きます、もう少しお付き合いください。