エンドロールのヒロイン
「貴様との婚約を破棄する!」
何故、こうなったのか。わたしは全ての根元にはこの言葉があると分かっている。
だってそうだろう、学園の卒業パーティーで勅令であるローゼマリン・フォン=ヴェスター公爵令嬢との婚約を独断で破棄すると言ったのだから。
ねえ、でも待って、わたしはそこまで望んでいなかったし、勅令を引っくり返せるとも思っていない。王子であるとはいえ国王以上の権限を持っているはずが無い。だからわたしは、止めたのに。
「君もさぁ、バカだよねぇ」
冷たい地下牢。
石畳の床にちくちくする藁の布団とは呼べぬ薄さの布団、花摘みの為の盥、そんな所へ入れられたわたしを笑うのは、ローゼマリン・フォン=ヴェスター公爵令嬢の傍にいた青髪の少年。
「あんなバカ王子、庇わなかったらこんなとこに入れられなかったのに」
まぁ僕には関係無いけど、と、そう言って公爵令嬢の従兄弟である彼はいなくなった。
何も無い地下牢、誰もいない地下牢は冷たくて、寂しくて、大好きな彼は何処にもいない。
いや、もう、好きだったのかさえも、今は怪しいだろう。わたしを置いていって保身に走った王子。
わたしは、ただあなたの傍にさえいられればそれでよかった。
それなのにもう誰も、わたしの傍にはいない。
いつもいてくれた王子も、王子が付けてくださった護衛騎士の方も、誰も、いないのだ。
王子が悲しまないのなら、わたしが死んでも誰も悲しまないだろう。寧ろ、よくぞ死んでくれたと嘲るかもしれない。
そこまでのことをわたしはしたのかと、そう尋ねたくてもわたしの声は自分の嗚咽に掻き消されて誰にも届かない。誰もわたしの声は、聞いてくれないのだ。
目を閉じる。そうやって一人の時を乗り越えていると、思い浮かぶのはあたたかくて、しあわせな、学園の日々だけ。
何処にも居場所が無かったわたしを拾い上げてくれた王子の笑顔だけ。
ああ、こんなにも夢は満ちているのに、現実に戻ればまた冷たい空間がわたしを包んでいるだけなのだと、頬に一筋落ちた。
「ごきげんよう」
聞こえてきた声に目を開ける。
長く壁に凭れ掛かっていた首は凝って、お尻は痛い。鈍痛を引き起こすそれらを鬱陶しく思いながら、そちらを見やった。
「……ごきげんよう、ローゼマリン・フォン=ヴェスター公爵令嬢」
掠れてて、きちんと聞こえたかも怪しいが、一応挨拶は返した。何の用だろうか。自室に軟禁されている王子と違って地下牢にいるわたしを笑いに来たのか、そんな感情を含めて彼女を見つめていると、彼女は困ったように笑う。そんな様さえ、彼女には良く似合う。
端から、彼女に勝てるだなんて思っていない。眉目秀麗、品行方正、生まれながらに王妃教育を受けて、全てに優れている彼女に勝るモノなど、わたしは何一つ持っていないのだから。
きれいだとおもう。
緩やかなウェーブを描いてふわりと腰で踊るその金の髪も、知性を感じさせる少し猫目な紫の瞳も、爪先まで手入れの行き届いた美しい身体も。
公爵令嬢として生きてきた彼女には圧倒的な存在感があるけれど、並ぶのは片や庶民のただの娘だ。だから、少し毛色が珍しいと王子に気に入られただけのわたしでは到底敵わないと、最初から知っている。
「お話をしたくて」
「何もお話することなど無いでしょう、フォン=ヴェスター公爵令嬢」
声さえも、美しいのか。そう苛立って発したその言葉に、彼女はまた困ったように笑った。
「わたくし、わたくしは……」
続かずに途切れた言葉でまた沈黙が落ちる。
ああ、彼女は変わらず、美しい。




