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こちらギルドの保険屋です!  作者: 村山真悟
第1章 強欲神父と保険員
8/20

其の8


 振りかえる勇気なんて勿論ないわよ。


 今さらだけど甘い空気は既に消え失せてるし。


 誰よ、あの周りに塩を撒いたのは!


 いや、撒いてほしかったけどタイミングがあるじゃない?そこら辺は考えてよ…。


 私が死んじゃうじゃない。


 私は誰に文句を言ってるのかしら?まぁ、いいわ。とりあえず、このピンチを切り抜けなくちゃ。


「…べ、別に逃げてない…」


 振り返らずに声の主に答えるチキンな私。


「なら、振り返って戻ってきなさい。まぁ、逃げても良いけど…本気で容赦はしないわよ」


 じょ、冗談じゃないわよ!


 お姉ちゃんの本気はまじで死ぬわ。


 速攻で振り返る私にお姉ちゃんってば。


「…ちっ」


 舌打ちをしたのよ。


 何を期待してたの?振り返らないと私、死んじゃうから振り返るよね?


 ただ、振り返った先ではお姉ちゃんの旦那さんがオネェ騎士に睨みを利かせ始めてるって…なに?ここ、修羅場なの?


「由緒ある騎士が冒険者を襲うのは感心しないんだけどね?事情を説明して貰えるかな?」


 やんわりとした口調だけど旦那もとい副総長様はかなりのご立腹でオネェ騎士とおっちゃんを見つめてるわよ。


「助けて副総長…俺、嫁に合わす顔がない」


 涙目のおっちゃん……不憫だわ。


 もうね、おっちゃんってば本当にギリギリのラインで頑張ってるから。だから助けてあげて…。


 おっちゃんの姿にーー。


「……悲惨」


 それしか言いようがないわね。


 だってね、おっちゃんってばバンツ一丁なのよ?


 さっきまで革鎧とか着てて冒険者らしい装いだったのに今じゃあ、暴走したオネェ騎士に身ぐるみ剥がされて正に貞操の危機ってやつよ。


 半泣き状態で最後の聖域を死守してるおっちゃんの姿は確かに奧さんには見せられないわよね。


 うん、頑張れおっちゃん。


 心の中で応援してあげる。


 だって、私もある意味で生き死にがかかってるから。もうね、お姉ちゃんの瞳が狂喜を孕んでるのよ。身を引き締めなくちゃ……殺される。


 まぁ、そんな殺伐とした空気にもオネェ騎士ってばさ完全に壊れちゃったみたい。恋するオネェは恐いわぁ~。 


「あらぁ~、副総長様はお綺麗な顔が台無しよぉ…まぁ、私は好みじゃないから良いんだけどねぇ。それに、私ってば運命の御方に出逢ったから」


 壊れたオネェ騎士がおっちゃんをチラ見してる。


 チラ見されてるおっちゃんは全力でオネェ騎士の視線から逃れようとしてる。パンツをずりあげながらなんて必死すぎるわよ、おっちゃん。


 ってか…うん、収集つかないわね。


 阿鼻叫喚の部屋を覗く猛者なんているわけもなく、今の冒険者ギルドは閑散としているわ。


 えっ、なんでかって?


 そりゃあ、逃げるわよ。


 さっきまで賑やかだったけどオネェ騎士の壊れっぷりとおっちゃんの悲痛な叫び声、私に向けてお姉ちゃんが発する気配に全員、ギルドの外に逃げ出しちゃったのよ。


 しかも、カウンターにも人いないし。


 いやいや、せめて職員は残ろうよ…。


 さっきまでカウンターにいたシフォンさんも冒険者と一緒になって玄関から見てるじゃない?


 しかも、シフォンさんの近くにいる冒険者の男共ときたら直ぐ近くにシフォンさんがいるもんだから鼻の下をダラーンって伸ばしちゃってさ。


 冒険者なら危険な場所に足を踏み入れなさいよ!


 それが冒険者の矜持ってもんでしょうよ。


 まぁ、それはそれとして私は私で蛇に睨まれた蛙みたいに狂喜を孕んだ瞳に見つめられて身動き一つ取れやしない。


「まぁ、アンタの処遇はこれからとして……っで?そこの変態騎士は何か私に報告することないの?」


 お姉ちゃんの瞳がオネェ騎士に向けられる。


「あぁ、そうだったわねぇ~。はいっ、【救済の指輪】を保険屋から預かってきたわよ」


 ポイッとお姉ちゃんに向けて指輪を投げるオネェ騎士ってばなにげに猛者よね。あの狂喜を孕んだ瞳にも臆さないなんて、ちょっと見る目が変わるわ……心は乙女だけど。


「全く、あんたはその変態気質さえなければ帝国騎士団長だったのに……はぁ、全く情けないわ」


 指輪を受け取りながら呆れたように溜息を漏らすお姉ちゃん。えっ、オネェ騎士ってば何気にスゴい人なの?


 帝国騎士団長って確か騎士団のトップだから、人族の代表で十二種族を纏める人の事よね…えっ、オネェ騎士ってもしかして優秀?てっきり、残念な人かと思ってたわよ。


「…そにあちゃん。なぁ~にぃよ、その目は?」


 私がジト目でオネェ騎士を見ているとこっちにロックオンしてきた。


 いやぁ、貞操の危機?あっ、それはないか。


「…信じられない…残念な人かと…」


 思わず本音が口から漏れたわ。


「失礼しちゃうわね、これでも渾名も持ってるのよ?まぁ、あんまり気に入らないけどねぇ……」


 溜息交じりに呟くオネェ騎士に物凄く興味が惹かれるわ。なんだろう、どんな渾名なんだろう。


「まぁ、良いじゃないのよぉ~。そ・れ・よ・り」


 私がどんな渾名だろうと考えていたらオネェ騎士は私にウィンクをぶちかましてきやがったのよ。


「頑張ってねぇ~」


 えっ、なにを?何を頑張れば良いってのよ?


 意味も分からず茫然とする私にオネェ騎士は和やかにお姉ちゃんの方を指差したの。


 それに釣られるように振りかえるとーーー。


 お姉ちゃんの持っていた例の指輪が赤く光って、部屋の壁に記録映像を投影し始めたの。


〔…たすけて〕


〔じゃ、そういうことで…〕


 私と女冒険者の会話と映像が流れ始めて…ヤバいわね。この時点で記録を始めてたなんて。


「ソニア……」


 とっても低いお姉ちゃんの声。


 うん、死んだわ……私。


 さらに映像と声が淡々と流れる。


〔これに記録が残るわよ…〕


〔…はぁ、仕方ない〕


 よしよし、良いぞ私。


 女冒険者に渋々だけど近づいていく私にお姉ちゃんもイラつきながら映像を見つめる。


 ガタッ。


 映像が横になり固定された。


 あっ、そう言えばあの後すぐに気絶したわね……うん?私ってばその時なにをしてたっけ?


 あっ!ヤバいわ!


「…お、お姉ちゃん、あのね」


 私は画面から視線を逸らせるためにお姉ちゃんに声をかけるんだけどお姉ちゃんってば私の声をガン無視で映像を見つめ続けてるわ。


 よし、逃げよう……。


 生きるか死ぬかだ……。


 皆が映像に注目してるのを確認して私は気配を殺してゆっくりと後退る。


〔…さて、どうしよう〕


 意識を失った女冒険者を無表情に見下ろす私。


 ヤバい、時間がない……。


 私は足に力を込める。


 映像の私が女冒険者に背を向けた。


〔…まっ、それより…回収が先…〕


 その言葉が聞こえた瞬間、私はーーー。


 ダッ!シュタタタタタッーー。


 全速力でギルドの玄関に向けて逃げ出した。


「そぉ~にぃ~あぁぁぁぁ!」


 部屋からお姉ちゃんの雄叫びが聞こえるけど、振りかえる勇気なんてあるわけない。


 今は逃げの一手よ!


「…どいてぇ!…邪魔しないでぇ!」


 玄関に群がっていた冒険者達が半泣き状態で全力疾走する私を避けていく。


「全冒険者に告ぐ!ソニア・ブライストを確保せよ!生かして私の元に連れてきなさい!庇護する者は私が容赦しないわよ!」


 館内放送でお姉ちゃんの雄叫びが鳴り響く。


 ザワザワザワザワ。


「ソニア諦めてくれ」


 イヤよ…諦めたら試合終了って言ってたもん。


「…俺たちも死にたくない」


 私だって死にたくないわよ!だから逃げようとしてるんでしょうが!邪魔しないで…。


「ソニアちゃん、自首しな」


 周囲の冒険者達が私を取り囲んで包囲していく。口々に私を説得する冒険者……いや、捕まったら死んじゃうから。


 ジリジリと狭まっていく包囲網、逃げ場を失い壁に追いやられる私、そんな時ーーー。


「ソニアちゃん、こっちよ!」


 冒険者達の隙間から必死な表情でシフォンさんが私に手を差し伸べてくれたの。


「…うぅ、ありがとう」


 私は躊躇なく差し出されたその手を掴んだ。


 でもね、私は忘れてた。


 シフォンさんがギルド職員だって事…。


 だってね、私が涙ながらに差し出されたシフォンさんの手を握りしめた瞬間ーーー。


 ガチャリ。


 私の手首に見覚えのある手枷が取り付けられたの。なにが起きたのか分からず茫然としたわ。


「えっ?…シフォンさん?」


 茫然とする私と哀れみに満ちた表情で視線を逸らす冒険者達、何だか微妙な空気の中で。


 さっきまで必死な表情を浮かべていたシフォンさんってばいつもの営業スマイルを浮かべてる…。


「被疑者確保完了、ごめんねソニアちゃん」


 満面の笑顔で謝りながら残りの手枷足枷をカチャリカチャリと取り付けるの止めてくれない?


「……あんまりだ……」


 思わず呟きながら地面に座り込んで俯いてしまう。人なんて信じられないわ……。


 ザッザッザッーー。


 地面を踏みしめて誰かがゆっくりと近づいてくる。私の周囲を囲んでいた冒険者が脱皮の如く道を空ける。あぁ………鬼が来た。


 顔を上げる事なんて出来るはずもない。


 ザッザッザッザッーーーピタッ。


 私の目の前で足音が止まる。


 俯いている私には足下しか見えないけど、その足下ですら怒りに震えてるのが分かる。


 あぁ、終わったなぁ私の人生……。


 物凄い早さで走馬燈が過ぎっていく意識に委ねるように私は瞳を閉じる。 


 ゴンッ!


 尋常じゃない衝撃が脳天を直撃する。


 あまりの衝撃に声も出ないわ。


「なぁ~にが、〔…あんまりだ…〕よ?あんたの行動の方があんまりでしょうがぁ~!」


 私の物まね意外と似てるよ、お姉ちゃん。


 うん、何だかんだで余裕あるみたい。


 そして私は鬼の形相のお姉ちゃんに引き摺られながらギルド総長室に連行されたのーーー。


 


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