其の7
カチャカチャ、パキンッ。
暇だったから取りあえず手枷を弄ってたら意外と簡単に外れちゃった。
ちょっと拍子抜けしちゃったわよ。こんなことなら、とっと外して逃げれば良かったわ。
「…うん…外れた」
手枷のせいで赤くなってる腕を撫でながら私は目の前の光景をジト目で見つめて考えたわ。
………私は逃げて良いかしら?
「…おっちゃん、逃げていいと思う?」
目の前の光景をジト目で眺めながら同じように手持ち無沙汰のおっちゃんに聞いてみた。
「止めはしないが後が恐いと思うぞ」
遠い目をするおっちゃん…ホントに何されたのよ?いい歳したおっちゃんが遠い目をするなんて哀しすぎるわよ。
でも、自分で聞いててアレだけど私もおっちゃんの気持ちは少し分かる…だからーーー
「……だよね」
って同意しながら項垂れてしまう。
「「はぁ~」」
二人して盛大に溜息をついちゃたわよ。
だってね、目の前の光景って…。
「あなた愛してる」
「俺もだよ、ヴィオラ」
二人で見つめ合いながら延々と同じ言葉を繰り返す姿を見せ続けられるわけよ。
分かるかしら?この苦痛……。
もう、有罪や無罪は関係なく早くしてよって感じなのよ。なんだろう、二人の周りの空気が妙に甘ったるく感じるわ。
誰か塩を撒いて調整してくれないかしら?
それはいいとして本当にすることがないのは困りものよね…甘ったるい空気に胸焼けもしてきたし。
「……さて、どうしよう」
逃げられないなら、ここでバカップルの愛の囁きを当事者達が満足するまで聞いていなくちゃいけない。それはやだな……。
私がげんなりとしながらそんなことを考えていると扉の外でザワザワと冒険者達がざわつく声が聞こえてきたの。
「あんた、そこに行くのか!?」
「…やめとけ、関わるな」
「騎士さん命を粗末にするもんじゃない」
耳を澄ませば冒険者の人達が誰かを必死に説得している声が聞こえたわ。なんだろう?
おっちゃんも気付いたのか二人で顔を見合わせて、破壊された扉を見つめていると誰かが部屋を覗き込んできたのよ。
その顔を見た瞬間、私の瞳から涙が溢れてきたわ…だってね、この部屋に躊躇なく入ってくる猛者よ。この胸焼けするぐらい甘ったるい空気に塩を撒いてくれるかもしれないじゃない。
それに見覚えのある顔だしーー。
「あっらぁ~?なによ、この扉?吹っ飛んじゃってるじゃない……あぁ、そういうことね…全く、あんた達も難儀ねぇ」
不憫そうに頬に手を添えながら私達を見つめる聞き慣れた声と姿に私は思わず泣いちゃったわよ。
だってね、扉から入ってきたのは女冒険者を教会に連れて行った事をギルドに伝えるためにやってきたオネェ騎士だったから。
「ぐすんっ…待ってた…もう嫌、この空気」
私はオネェ騎士の元にダダダッと走って行って縋りついたわ。おっちゃんもなにげにオネェ騎士の近くに寄っていく。
まあ若干の距離は開けてるけどね…。
警戒しなくて大丈夫だよ、おっちゃん。たぶん、オネェ騎士の好みじゃないと思うから……。
とりあえずーーーゴンッ。
思いっきり脛を蹴り飛ばしてやったわよ。
私を見捨てた恨み、忘れてないんだから!
「いったぁ~!何すんのよ、ソニアちゃん。私の愛らしい身体に傷でも付いたらどうするのよ!」
オネェ騎士は私の首根っこを掴んで軽々と持ち上げると、まるで子供でも叱りつけるみたいに「めっ!」って目尻を吊り上げて怒ったの。
えっ?どこが愛らしいの?
それ以前に全身古傷だらけなんだし、今さら傷の一つや二つ増えても変わらないわよ。
私はオネェ騎士に持ち上げられて宙に浮いたままジト目で見つめたわ。だってね…。
「…捨てられた恨み…忘れない」
恨みの籠もったジト目で見つめるとオネェ騎士がツィっと視線を逸らしたわ。
若干、嫌な汗を流してね。
「……我が身が大事だったのよ」
ボソリと呟くオネェ騎士。
うん、気持ちは分かる……。
あの鬼の形相のお姉ちゃんが近づいてきたら私でも同じ事をするかもしれない。でも…。
「…だからって…ヒドい…か弱い女の子を見捨てるなんて騎士の風上にも置けない。騎士失格」
恨み節を言い続けるわよ。
だけど…。
「ソニアちゃんのどこがか弱いのよ……単独でダンジョン攻略する冒険者があの程度でどうにかなるわけないでしょ?」
さすがにオネェ騎士も騎士の矜持を持ち出されたら我慢できなかったみたい。反論してきたわ。
「…うっ」
ぐぅの根も出ない。
「だいたいねぇ、あんな重傷冒険者を引き摺ってくるなんて非常識にもほどがあるわよ。殺人未遂で逮捕されても仕方ないじゃない。ソニアちゃんの品行方正が悪すぎるのよ」
捲し立てるようにお説教を始めるオネェ騎士に私は宙に浮いたままダラリと両手足を伸ばしたわ。
親猫に咥えられた仔猫みたい。
「まぁ、その辺にしてやれよ」
私のあまりにも不憫な姿におっちゃんが助け船を出してくれたの。おっちゃん、良い人。
「…だれ、あんた……あら?あら、あらぁ~」
訝しげにおっちゃんに視線を向けたオネェ騎士の目の色が変わった……えっ?うそ?まじで?
オネェ騎士とおっちゃんを交互に見ながら私はまさかの展開に考えるのをやめることにしたの。
瞳を閉じて無我の境地、って言うより見たくない。美男同士ならチラ見する…いやガン見するかもしれないけど………ムキムキマッチョはちょっと…ねぇ。
ドスンッ。
オネェ騎士が私を掴んでいた手を急に離したの。一声かけてよ!受け身が取れないじゃない!
「……いたい」
勢いよくお尻を打った私は閉じていた瞳を開いて真上を見上げて………まじか?唖然としたわよ。
だってね、しなを作りながら内股でモジモジするオネェ騎士の姿にさすがの私もドン引きよ。
「あ、あのぅ…お名前は?」
オネェ騎士の乙女な姿におっちゃんの表情も引き攣っているわね……そりゃあ、そうよね。
想像してみて。
筋骨隆々で騎士団用の白銀の鎧に身を包んでいて笑顔を浮かべたら子供が泣き出す厳つい顔、しかも顔中古傷だらけのオネェが、しなを作ってモジモジよ?
どう?想像できた?
つまりは、おっちゃんの貞操の危機よ。
「…お、俺は結婚してるで」
後退りしながら震える声でおっちゃん必死の抵抗。ってか、おっちゃんってば結婚してたの?
へぇ……意外だわ。
「………結婚、結婚、結婚……略奪?」
あっ、オネェ騎士が壊れた。
瞳が虚ろになりながらブツブツと呟いてる。
さっきまでの乙女モードはどこにいったの?
今のオネェ騎士ってば、ちょっとヤバいよ。
「浮気も甲斐性のうちよ?」
小首を傾げながら「はぁはぁ」言ってるわ。
「…嬢ちゃん、助けて」
助けを求めるおっちゃんの視線。
うわぁ、涙ぐんでる。
どうしょう……よし、逃げよう。
私はおっちゃんから視線を逸らし、破壊された扉へと視線を向けたわ。
うん、逃げれる。
「何事も経験…じゃ、おっちゃん…」
私の言葉に絶望の表情を浮かべるおっちゃん。
知ったことじゃないわ。
うん、我が身が大事って事で全力疾走よ。
スタタタタタッ。
高ランクの瞬足、舐めないでね。
自慢じゃないけど私は足の速さなら誰にも負ける気はしないわよ。うん?あっ、もしかして私の二つ名ってそういうことなの?今さら知ったわ。
スタタタタタッ。
あと少しで出口ーー。
だけど、世の中そんなに甘くないわね…。
「どこに行こうとしてるの、ソニア?まさか、私から逃げようなんて思ってんじゃないわよね……」
地の底から聞こえてきたんじゃないかってほど殺意の籠もった低い声が私の耳に届いて条件反射に私の足がピタリと止まったわ。
ひゃぇ~!?この声は!
振りかえる勇気なんてあるわけない。
ダラダラ流れる汗が止まらない。
「…嬢ちゃん、ご愁傷様」
オネェ騎士に今にも襲われそうなおっちゃんが、あの遠い目をしながら私に声をかけてくる。
おっちゃん、私も別の意味で危機だわ。
ごめんね、見捨てようとして。