其の5
私は今どこにいるかというと……。
帝都のギルド本部、世界中のギルドの総本山にして荒くれ冒険者達を束ねるトップ。その本部のギルド長室に私は連行?されて立たされているの。
しかも両手足に手枷足枷を付けられて…。
「ソニア、流石にあれはないわ…」
黒檀で出来た立派な事務机で頭を抱える長い金髪の女の人が項垂れて愚痴を溢す姿を私はジト目で眺めていた。
目の前にいるのは長いギルドの歴史で女性で初めてギルド総長になったヴィオラ・ブライスト……私の実のお姉ちゃんだ。
「救助しただけ……」
簡潔に述べる私にまた大きな溜息をついた。
「…あれのどこが救助よ」
逮捕されたと聞いて慌てて駆けつけた状況を思い出したのか、お姉ちゃん…もといヴィオラ総長は頬を引き攣らせていた。
ーーー数時間前
「よいしょっと…あら、この娘ったら軽いわねぇ。羨ましいわぁ~私もダイエットしなきゃぁ~」
オネェ騎士は私が引き摺ってきた冒険者を軽々と担いで、その軽さに羨ましげな表情を浮かべていて私はドン引きした眼差しを向けたわ。
そりゃあ、アンタよりは軽いわよ。
オネェ言葉使ってるけどさぁ、ガチムチのオッちゃんだからね……あんたは。
そんな風に思いながらオネェ騎士を見つめていたら、何かを思い出したかのように振り返ってニンマリと笑みを浮かべたの。
「そ~にぃ~あちゃん、両手を出して」
猫なで声が気持ち悪くて一瞬、躊躇したけどオネェ騎士の目が笑っていないから私は渋々と両手を差し出した。
カチャリ。
「…えっ?」
金属音と共に私の両手首に手枷が付けられた。
その手枷には鎖が付けられていて目線で追うとオネェ騎士の掌に握られている。
「…なにこれ…?」
状況が上手く掴めず困惑する。
「うんっ?殺人未遂容疑で逮捕よぉ~」
陽気な口調で言わないで…気持ち悪いから。
うんっ?今なんて?殺人容疑?
「…意味が分からない」
「可能性があるからぁねぇ。一応、私もぉ騎士だからぁ疑うのが仕事だから仕方ないのよぉ~。でも、ほらこの子【救済の指輪】使ってるから直ぐに疑いは晴れるわよぉ~」
肩に担いだ冒険者の指に填められた指輪を私に見せてくる…うん?もしかして……ずっと記録してた?うん?
私の顔から冷や汗がダラダラ流れる。
「うん?どうしたのぉ~?そんなに汗を流して……まさか、何かやましいことでも?」
オネェ騎士の瞳が鋭く私を見つめる。
「…そ、そんなこと…ない」
うっわぁ~、私ってば犯罪者の常套句みたいな言葉を言っちゃった……うぅ、口下手なのが災いしたわ。
「だよねぇ~、ソニアちゃんに限ってそんなことあるわけないものねぇ……じゃあ、行こうか」
…おっと、オネェ言葉が最後にはなくなっちゃったわよ。バリバリに疑ってるじゃない。
私は渋々だけれど、それに従うことにしたの。
だってね…リュックをね。
あの一生懸命、頑張って集めたパンパンに膨れあがったあのリュックをね。
………オネェ騎士が持ってるから。
あれを人質に取られた従うしかないわよ。
なにせ、私の優雅な生活がかかってる。
もし、まかり間違って没収されようものなら…。
暴れてやる、とことん暴れてやるわよ。
そんなぶっ飛んだ考えが私の脳裏に過ぎり、思わず私は口元を歪ませてーー。
「……ふふふっ」
不気味な笑い声を上げたの。
「えっ?なに……その笑い、恐いんだけど?」
オネェ騎士がその笑い声にビクリと身体を震わせて振り返ると私を引き攣った表情で見つめたわ。
「疑いが晴れなかったら……ふふふっ」
ブツブツと呟く私をオネェ騎士は不気味そうに見つめながらボソリとーー。
「真っ黒な気がしてきたわ……」
ガックリ肩を落として嘆いたわ。
街までの道のりは私は完全にさらし者にされながら奇異の目にも負けず虎視眈々と暴れる機会を窺ってたの。
そんな時ーーー。
砂煙をもうもうと上げながら前から走ってくる人がいて、何事かと私はそれを見て蒼白になった。
「…お…お姉ちゃん」
私は逃げようと後退りするけど鎖がピンッと張ってそれ以上は逃げることが出来ない。
「どうしたのよ、ソニアちゃん?」
不審な行動にオネェ騎士が眉を顰める。
「…逃げなきゃ…こ……殺される」
青ざめた表情で震える私にオネェ騎士は不思議そうに近づいてくる人物に視線を向けたの。
「誰かしら?えっ……あれって!?」
流石のオネェ騎士も気が付いたようね。
そう最凶のSランク冒険者【狂乱戦姫】ヴィオラ・ブライスト、彼女が通った後は赤い絨毯を敷いたような流血の道が出来ると呼ばれ恐れられてる……わたしのお姉ちゃん。
「そぉーーにぃあーー!!」
鬼の形相のお姉ちゃんが叫んでる。
「……ひぃ!?」
私は引き攣った表情を浮かべて必死に逃げようとするんだけど、鎖が邪魔をする。
ジャラジャラ、ゴンッ。ジャラジャラ、ゴンッ。
ヤバいわ。
逃げられないじゃないの。
「…何で、あんな形相なのよ…っで、ソニアちゃんは何で必死に逃げようとしてるの?」
脇目も振らず真っ直ぐ突っ走ってくるお姉ちゃんと私を交互に見ながら困惑するオネェ騎士。
周囲の冒険者は慣れたものでモーゼのように左右に分かれて、決してお姉ちゃんの邪魔をしない。
あの殺気に満ちた姉ちゃんに立ち向かえる猛者などお姉ちゃんの旦那ぐらいだ。
あぁ、お姉ちゃんの旦那は冒険者じゃないの。
ふつ~うの事務職のギルド職員なんだけど、あの三姉妹に言わせればある意味でお姉ちゃんより最凶らしい。
意味は分からないけどお姉ちゃんの暴走を止められるのは旦那だけで今はその旦那はいない。
はいっ、『抵抗できない=殺される』の黄金式が成り立ってしまうから私は必死なんだけど…オネェ騎士はまだピンッときていない。
「…逃げないと……死ぬよ」
私の表情に状況が飲み込めないながらも何かを察したオネェ騎士は……私を鎖ごとお姉ちゃんに向けて投げ飛ばしたの。
「…は、薄情者ぉ~!」
私にしてはかなり大きな声だったわよ。
でもね、あの裏切り者は何を言ったと思う?
「わたし、ウェディングドレス着るまで死ねないからぁ~」
なよなよと身体をくねらせながらオネェ騎士ってば、なんて乙女なのーーって、着れるかぁ-!
あんたに合うサイズなんてあるわけないでしょ!
それ以前に似合わないわ!
ってか、貰い手いないでしょうがぁ~!
綺麗な弧を描きながら宙を舞う私は裏切り者に悪態をつきながら現実逃避をしてるわ。
だってね……振りかえれば。
「そぉ~にぃあ~~~~~」
落下地点で仁王立ちして血走った瞳で大剣を構えるお姉ちゃんがいるのだもの。
鎖のせいで思うように動かないけど私もS級冒険者だから何とか体勢を立て直して……えっ?
私は目を疑ったわ。
お姉ちゃんってば躊躇なく大剣を私に向かって尋常じゃない速度で振り下ろしたんだもの。
しかも、私と目が合ったお姉ちゃんってばーー楽しそうに笑ったのよ。その顔を見た瞬間、私はーー。
「………死んだ」
目の前の切っ先に私は思わず瞳を閉じた。
ドッゴーーーーーーーン!!
激しい土煙と衝撃が辺りに木霊して地響きが、そのあまりの強さを物語っていた。
「起きなさい、ソニア…」
大剣を肩に担いで仁王立ちで冷たく私を見下ろしているお姉ちゃん……あれっ、死んでない。
「峰打ちだよ」
キョトンとする私。
えっ、あれが?峰打ち?何、言ってんのこの人……だって、ほら地面の亀裂ダンジョンまで続いてるよ…。
「衝撃はアンタから逃したからね。仕方ないよ……っで、早馬で報告しにきた冒険者に聞いたんだけど?」
ニッコリと可愛らしい笑みを浮かべるお姉ちゃん、これに旦那さんはヤラレタみたいだけど今の私には恐怖でしかない。
「…こ…こ…ころ」
「うん?鶏の真似?似てないよ」
この状況でそんな事するわけないじゃない。なに、不思議そうに首を傾げてるのよ。
「…殺されるぅ-!」
私は踵を返して全力で走り出す。
けど………。
ガキィーーーーーン。
オネェ騎士が持ってた鎖の先端にお姉ちゃんが大剣を突き刺して私の逃亡を止めたの。
「…私から逃げれる奴なんているわけないでしょ?諦めて行くわよ、ソニア」
ジャラジャラ。
鎖を握りしめて大剣を抜いたお姉ちゃんは私を引き摺るようにして街まで歩き始めたわ。
「た、助けてぇ!殺されるぅ~」
私の悲痛な叫び声も周囲の冒険者は視線を逸らして関わり合いになろうとしない。
なかにはひっそりと手を合わせている人までいる……やめてよ、縁起でもない……でも、そうなりそうな気配がするわ。
私は駄々を捏ねるのを諦めてどんよりと先のことを考えながらお姉ちゃんに引き摺られていくのだった。あぁ、市場に売られていく仔牛の気持ちが分かるようだわ。