其の4
キュー?
私が異変に気付くよりも早く、顕現化したこの子が新しい獲物を見つけて声をかけてきた。
ただ、首を傾げながら疑問系な鳴き声に私も釣られて首を傾げてしまう。なんだろう?
気配を感じた通路の先を覗き込んだ私は思わず口元に笑みを浮かべちゃった。
だって、ウォーターウルフの群れが居るんだもの。気付かれないように笑いを堪えるのが大変だったわ。だって彼らはお金になるもの。
スライムウルフの亜種である彼らの素材はギルドでも高く買い取って貰えるから私の表情は緩みっぱなしよ。
「さて…どうやって狩るか」
幸い私の姿は彼らから隠れる位置にいるし気配は完全に消しているので気付いてる様子もない。
キュッ、キュッ。
火蜥蜴が靴紐を噛んで私を呼んできた。
「…どしたの?あぁ、そうね」
火蜥蜴が自分の尻尾に視線を向けた。
小さな焰が灯されている姿に私はこの子が何をしたいのか直ぐに理解できたわ。
「…それが良い。楽だから…」
私は構えた剣を鞘に収め直し、火蜥蜴の頭を軽く撫でてあげる。この子は姿に合わず私の思考を良く理解してくれている。
「じゃあ、お願い…」
キュー!
私の声に元気よく応えた火蜥蜴は体内に魔力を溜め込み始めてある程度、溜めると身体を大きく仰け反らせて口を大きく開いたわ。
その瞬間。
ゴオオォーー。
爆炎が渦を巻いて彼らに襲い掛かったの。
その焰は的確に彼らを焼き尽くしても、まだ消える様子がなくて私は眉間に皺を寄せながら火蜥蜴に視線を向けたわ。
「………もう、いいよ」
うん、分かってたことだけど…この子、楽しんでる。火蜥蜴って種族は意外と好戦的な種族で戦闘になると我を忘れてしまうの。
人間だとヒャッハーって叫びながら嬉々として戦場を駆け抜ける変態傭兵みたいなものかな…。
キュイ…
私の声に少し不満げな鳴き声で見つめてくるけど、これ以上は駄目よ…だって、牙や爪どころかコアですら消し炭にしちゃうんだから。
まぁ、それでも……爆炎の煙が晴れた先に広がる光景に私は思わずニヤケてしまったわよ。
だってね…。
明らかに火蜥蜴の暴走で倒した数よりは少ないけど周囲に散乱する素材の山が私の視界に入ってきたんだもの。
「おぉ!…大量、大量…」
お宝の山に私はいつもより少しだけにやけながらリュックを取り出して素早く回収に向かったわ。
「…これで、暫く安泰…ふふふっ」
思わずブツブツと呟いてしまうけど仕方ないわ。
だって、これだけあれば暫くは贅沢できるもの。
でも、私は気付いていなかった。
なんで彼らが群れでこんな場所にいたのか…。
少し考えれば分かるはずなのに、その時の私は素材回収に夢中で全く気付くことが出来なかったの。
「…あの…たすけ…て」
素材を次々とリュックに放り込んでいた私の耳に突如、か細い声が聞こえて私はビクリと身体を震わせて作業の手を止めた。
いや~な予感がした私はチラリと声のした方向を盗み見て直ぐに視線を逸らしたわ。
誰・か・い・る。
ヤバい、人の獲物に手を出したかもしれない。
血塗れで壁により掛かりながら私を見つめる女性冒険者、多分、いや、間違いなく……これって、彼女の獲物だわ。
どうしよう……。
私の額からイヤな汗が流れ出す。
何故かって?
それはね…。
冒険者達の間では暗黙のルールがあるからよ。
それは…人の獲物を横取りしない。
命懸けで戦って倒した獲物の素材を横からかっ攫っていくのは盗人がする事だから最悪、殺されても文句は言えないの。
今になってよくよく考えれば少しおかしい気はしていたのよ。だってね、滅多に出逢わないスライムウルフの亜種がこんな上層部で群れでいるなんて何か目的がある以外あり得ない。
例えば狩りの真っ只中とか……。
取りあえず……私はリュックを後ろ手に隠す。
せめて、いま回収した分は持って帰りたい。
そんな私の行動に血塗れの女性冒険者が苦笑交じりにボソリと私に向かって呟いたわ。
「……いや、取らないから」
よし、言質はとった。
心の中でガッツポーズしながら小躍りしたわ。
けど念の為に、あとで問題が起きないように、保険の意味を込めて、私は彼女を見つめて確認する。
もちろんリュックは背中に隠しながら…。
「私が倒した…だから私のもの」
少し強気で言ってみたけれど内心は何を言われるか不安でドキドキしっぱなしだったんだけど…。
「…助けて」
彼女の言葉に私は漸く理解したの。
あぁ……これ、面倒くさいやつだわ。
よくよく彼女を見たら瀕死の重傷っぽい。
「じゃ、そういうことで…」
私は見捨てることにしたわ。
えっ、非道いって?
冒険者稼業はそういうものです!
見ず知らずの人を助ける義理はありません。
自分の命を賭けて一獲千金を夢見る商売なんだから自分の技量不足で死ぬのは自己責任です。
私はドライな女なのよ。
取りあえず見なかったふりをして立ち去ろうとしたら彼女は弱々しい口調で片手を突き出したの。
「この指輪に記録が残るわよ……」
その指輪を見てガックリと項垂れる。
あれって【救済の指輪】だわ。
ここで見捨てるとギルドを解雇される…。
私の脳裏に『ギルド五ヶ条』が浮かぶ。
・ダンジョン内での救助は最優先事項とする
ギルド五ヶ条その五ね。
…ったく、本当に迷惑な話よ。
昔なら見捨てても分からなかったのに、どっかの馬鹿が保険屋なんて始めてから所持を義務づけられた【救済の指輪】は記録が残るし持ち主が死んだらギルドに転送される。
そうなったら私は…食いっぱぐれる。
うん……詰んだ。
「はぁ……仕方ない」
私は深い溜息をついて渋々、嫌々ながら、重い足取りで彼女の元に向かったの。
あぁ~面倒くさい。
心の中で愚痴りながらも私が彼女に近付いていくと安心したのか彼女は完全に意識を失ったの。
ねぇ、知ってるかしら?
完全に意識を失った人の身体って想像以上に重たいって…それをか弱い女の子一人で抱えて魔物の巣くうダンジョンから脱出するのがいかに大変か理解して貰える?
大体、あのギルド五ヶ条ってパーティー組んでる冒険者達を基準にしてるんだから単独冒険者は除外して欲しいもんだわ。
まぁ、単独でダンジョン攻略しようとする冒険者はほとんどいないから仕方ないんだけど……。
「…さて、どうしよう」
ぐったりと横たわる彼女を見つめて思案する。
「…まっ、それより…回収が先…」
私はリュックを開き直し素材の回収を優先することにしたわ…そりゃあ、生活がかかってるからね。
貰えるもんは貰っとかないと…。
だけど、私はあとで後悔することになるの。
あの指輪の録画機能が起動していると知ってたら躊躇なく……躊躇はするけど…素材回収を二の次にして彼女をダンジョンの外に連れ出していたのに……はぁ、欲を掻いちゃ駄目ね。
*
私はパンパンに膨れあがったリュックを前にして口元を緩めながらダンジョンの出口に向かったわ。
えっ?彼女はどうしたのかって?
運んでるわよ…失礼ね。
ほら、この荒縄の先……まだ生きてるわ…よね?
私は彼女を担ぐことを早い段階で諦めて荒縄で雁字搦めにして引き摺ってダンジョンの出口に向かってるの。
幸いなのは彼女が倒れた場所がダンジョンの出入り口の近くだったって事ね。
一応は手持ちの薬草で止血はしたから命に別状はないわよ?ただ、さっき使った薬草って結構良いお値段するのよねぇ…。
痛い出費だけどあとでキッチリ請求するつもりよ。しっかりと顔は覚えたもの。
何だかんだでしばらく歩いていると、眩しい陽光が差し込むダンジョンの入り口が見えてきたのは良いんだけど……。
う~ん、なんだろ?周囲の冒険者から見られているような…。
まぁ、端から見たらパンパンに膨れあがったリュックを背負いながら歩く私の背後に荒縄で縛られて引き摺られている冒険者の姿……しかも、かなりの重傷。
あぁ、そうか分かったわ。
これだけの素材を集めながら人命救助までしている
きっと、賞賛だわ。
そう思うと何だか気分がいい。
「…あ、あのぅ」
冒険者の一人が私に声をかけてくる。
「なに…?」
私の問いにチラリと荒縄の先を見る冒険者、釣られて私も彼女を見る。
「えっとですね……彼女は?」
質問の意味が分からない。
どう見ても救助しているようにしか見えないと思うんだけど?止血もしてるし……。
「…見ての通り」
私は簡潔に冒険者に告げる。
すると、その冒険者は瞳を大きく見開いたの。
「さすが『瞬姫』だぁ~!」
……まぁ、当然ね。私は素材を集めながらでも人助け出来る優秀な冒険者だもの
「おい、見ろよ?あれだけの素材を集めて尚且つ女盗賊まで捕まえてやがる。流石はSランカーだな」
うんっ?盗賊?何の話?
私は人命救助してるだけど?
どこに盗賊なんているのかしら?
「おい、誰か門番を呼んで来いよ」
「あぁ、俺が行ってくる」
入り口付近にいた冒険者パーティーの一人が門番を予備に駆けだしていくなかで私はズルズルと救助した冒険者を引き摺りながら歩いて行く。
そんな私に他の冒険者達が道を空けながら拍手や指笛で賞賛してくれる。
……結構、気持ちいいわね。
私はあまり目立つのは好きじゃないんだけど…これは結構、気持ちいいわね。
「おぉーい、連れてきたぞぉ」
ガシャガシャと鎧が擦れる音を奏でながら優越感に浸りながら歩いていた私に門番を呼びに行った冒険者が例のオネェ騎士を連れて戻ってきたの。
「ソニアちゃん、女盗賊を捕まえたんだってぇ~?やっぱり、ソニアちゃんは優秀な子ねぇ」
身体をくねらせながら大絶賛ね…気持ち悪い。
ただ、さっきから気になってたんだけど女盗賊って何のことを言ってるのかしら?
「っで?その女盗賊ってその子?」
オネェ騎士が救助した子を指差す。
うん?何を言ってるのかしら?
「…これ、ダンジョンで死にかけてたから救助してる。人命救助、ギルドのルールだから」
「………えっ?」
私の説明に周囲のざわめきが静まり返ったわ。
「女盗賊を捕まえてるんじゃなく?」
オネェ騎士がオネェ言葉を使わなくなった。
「うん、救助してる…」
私はもう一度、簡潔に説明すると今度はさっきまでとは雰囲気の違うざわめきが起こり始めたの。
「…えっとね、ソニアちゃん」
気のせいか呆れた表情にも見えるオネェ騎士の姿には私は少し首を傾げる。
「うん?なに?」
あぁ、そうか。これは褒められるのよね。
私はオネェ騎士をじぃーっと見つめる。
「…………救助の意味知ってる?」
読んでいただきありがとうございます
(o_ _)o
週一でボチボチと投稿しておりますので長い目で見ていただけると嬉しいです
では、失礼いたします
<(_ _)>