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こちらギルドの保険屋です!  作者: 村山真悟
第1章 強欲神父と保険員
3/20

其の3


「…何でこうなったのよ」


 周囲を取り囲むスライムウルフに少女は肩で大きく息をしながらボロボロになった双剣を構える。


 金髪のポニーテールを忙しげに揺らし、その髪質と同じ金色の瞳を鈍く曇らせながら周囲を警戒していた。


 胸元を保護している革製の胸当て、その下は赤を基調とした服を着ておりフレアスカートが彼女の可憐さを引き立たせている。  


 確かにこのダンジョンは初見殺しの魔物が多く少女のような単独冒険者(ソロプレイヤー)にはかなりキツいのは確かであった。


 けれど少女、ニルバーナ・カエスは十分な経験を積んだ中堅冒険者であった。


 なのに今、彼女は苦戦しているのである。


 スライムウルフは初見殺しの中でも低レベルに位置する魔物であり、警戒するのはその肉体だけだ。


 そのスライムボディは刃が通りにくく、伸縮自在であり間合いが掴みにくい。


 だが、それだけだ。


 それさえどうにかなれば後は弱点である火属性魔法や道具を使えば倒せるレベルの魔物であった。


 それなのに……である。


「なんで、火が効かないのよぉ~!」


 そうなのだ。本来は弱点であるはずの火が、このスライムウルフ達には全く効いていないのだ。


 地団駄を踏みながら叫ぶニルバーナは意外と余裕があるように見える。このダンジョンの魔物は比較的に弱い。


 弱点と初見殺しさえ判っていればかなり稼げるダンジョンでもあると言える。しかも、新人冒険者の立ち入りが禁止されているため中堅冒険者にとって正に金の生る木の筈なのだが……。


 ニルバーナは調子に乗りすぎた。


 スライムウルフを見つけ、しめたと思った彼女は気配を消してゆっくりと追っていき漸く群れを見つけた。


 スライムではあるがウルフ、つまり狼であるため群れで行動する習性があり一匹を見つけたら必ず何匹かは近くに生息している。


 スライムウルフのコアは素材としてかなり重宝される。防具に使用すれば物理攻撃を大幅に軽減してくれるし特性上、冷却効果もある。重装備の騎士達に好評なのだ。


 弱点も特性も理解しているニルバーナにとっては正に金の生る木が何匹もいる光景に見えて笑いが止まらない。


 木陰に隠れて警戒しながら静かに双剣を抜くと腰のポーチから油瓶を取り出し刃にたっぷりと塗り込んだ。あとは機会を窺い仕留めるだけである。


 そして、そのチャンスは直ぐに訪れた。


 群れに戻ったスライムウルフは安堵感からか、先ほどまでの警戒心が薄れ休息を取るために群れの中で丸くなったのだ。


「ちゃんす!」


 その姿にニルバーナは素早く群れに接近しながら刃同士を勢いよく擦り合わせる。


 ボォッと刃同士の摩擦で油の染みこんだ刃が燃え上がる。即席の火属性の剣を作り上げたのだ。


「はぁぁぁー!」


 気合いを入れながら全力で駆け抜け、油断した一匹に刃を向け勢いよく斬りかかる。


 ポヨ~ン。


 仕留めたと思った瞬間、スライムウルフの柔らかい身体に刃が弾かれてしまい慌てて距離を開けた。


「えっ?なんで?」


 奇襲の失敗である。


 刃を見つめるが焰はまだ消えていない。


 けれど弾かれてしまった。


 意味が分からず一瞬呆けてしまうがニルバーナは直ぐに気持ちを切り替え警戒する。


 それが出来るのが中堅冒険者たる由縁であり、これが新人冒険者なら動揺して命を失いかねない。


 なぜなら、その判断がダンジョンでは命取りになるものであるからだ。それにニルバーナの判断が正しいことは直ぐに証明された。


 それまで気を抜いていたスライムウルフ達が瞬時に牙を剥き出しにしながら彼女を取り囲み始めたからだ。


 彼らはそれほど驚異ではない。


 だが、本当に怖ろしいのは彼らが群れで狩りをする知恵がありニルバーナが容易い獲物と判断したことであった。


「ヤッバいなぁ…」


 徐々に狭まってくる包囲にニルバーナは摺り足で下がりながら壁際へと追い詰められていく。その中の一匹が身体能力を生かし、ニルバーナに牙を向け襲いかかった。


「くっ!舐めないで、よ!」


 咄嗟に刃を牙に向け払いのけると同時に、一瞬の隙を突いて脇腹に刃を向け切り裂いた…だが。


 ポヨ~ン。


 また弾かれてしまう。


「こいつら、何なのよぉ~!?」


 堪らず叫び声を上げるニルバーナ、けれど魔物達はそんなことを気に留めるはずも無くさらに包囲を狭めてくる。


 何が起きているのか理解できない。


 周囲を牽制しながら必死に思考を回転させるニルバーナは格下の魔物に対処できずに追い詰められている現実に歯軋りする。


 けれど妙案が思いつかない。


 取りあえず生き延びることが先決と判断した彼女はポーチから煙幕弾を取り出し機会を窺うことにした。


 ジリジリと歩み寄ってくるスライムウルフに隙を窺うニルバーナ、この駆け引き次第で彼女の命運が決まる。


 そんな緊迫した空気の中でスライムウルフ達が何かに気付き、一瞬だけ彼女から視線を逸らした。


「…いま!」


 そのチャンスに彼女は手に持った煙幕弾を地面に叩きつけた。


 ボンッ、シューー-。


 白い煙が辺りを包み込む。


 視界を奪われたスライムウルフ達は獲物を見失い、キョロキョロと周囲を警戒し始める中で彼女は全力で走り抜けた。


 どれだけ走り抜けたか判らない。


 ただ、魔物達の気配が感じられず彼女は壁に空いた窪みを見つけると躊躇うことなく飛び込み壁に背中を預けて座り込むと大きく息を吐き呼吸を整える。


「…はぁ、はぁ、何なのよ?彼奴らなんで火が効かないのよ!あ~ぁ、もう損したぁ~!」


 走り抜ける際の勢いで刃の火は完全に消えており彼女は取りあえず地面を叩きながら悪態をつくのだった。


 だが、そんな彼女を見逃すほど彼ら(スライムウルフ)は優しくない。なにせ、狼である。弱いと判断した獲物をみすみす逃すはずがないのだ。


 しかも、彼女は冒険者として大きなミスを犯した事に未だ気付けずにいた。


 窪みに隠れたのは良いが同時に逃げ場を失ってしまったのだ。しかも、声を荒げて悪態をついた。


 彼ら(スライムウルフ)の聴覚に引っ掛からないはずがない。


「あぁ~もう……あっ!?ヤバい……」


 さんざん、悪態をついて漸く冷静さを取り戻した彼女は周囲の気配を感じて今更ながらに自分の今の状況を脱力した。


「………うわぁ~、完全に狙われてるわ」


 殺意に満ちた気配にげんなりとしながらポーチから地図を取り出し周囲の地形と自分の位置を確認する。


「…あと、もうちょっとで出口かぁ。何とか生き延びないとね…万が一のためにこれも持っとくか」


 ポーチの奥から白銀の指輪を取り出し右手に装着する。それはギルドから支給される【救済の指輪】と呼ばれる物であり、万が一の場合の記録媒体としての役割を担っているのだ。


 冒険者稼業での万が一……それは死を意味する。


 魔物からの襲撃により意識を失ったり、仲間の負傷、そういった生命の危機に対してこの指輪は効力を発揮する。


 とある冒険者の発案で始まった冒険者専属の保険、最近ではギルドに加盟した冒険者は保険加入が義務づけられることとなり彼女も加入をしていた。


「…まぁ、安くない保険料を払ってるんだから使わなきゃ勿体ないわよね……出来れば、使いたくないんだけど…うん?きた!」


 近くでスライムウルフの唸り声が聞こえた。


 明らかに彼女を追い詰めようとしているのが分かる鳴き方であり否応なしに緊張してしまう。


 気配を殺しながら窪みからゆっくりと出て周囲を警戒する。その動きに合わせるように周囲から殺意が彼女に向けられる。


「やっばいなぁ……囲まれちゃってる」


 徐徐に範囲が狭くなっていく中で彼女の呼吸もそれに合わせるように速まっていく。


 緊張した身体を解すように深めの呼吸を繰り返し、全体に血液を行き渡らせ剣の柄を握り直す。


 タイミングを計るかのように気配を探る感覚に合わせるように彼女は柄を握り直し、右手の指輪に魔力を籠める。


 ブンッと微かな振動が鳴り、淡い白光が指輪を包み込む。暗闇でも微かに光るだけではあるが魔物の視覚には彼女の位置がハッキリと分かってしまう。


「ちょ、ちょっと?これじゃ良い的じゃない!」


 わざわざ暗がりに隠れてる意味がないのだ。


 焦るのは当然のことと言えた。


 勿論そのチャンスを逃すほどスライムウルフ達は愚かであろうはずもなく、低い唸り声と共に一斉に淡い白光を目指し襲い掛かってきた。


「…ぐっ」


 双剣を顔の前で交差させて彼らの牙から最低限の防御に徹するが柔らかな肉体とは違う硬質な牙により彼女の体から鮮血が幾筋も迸る。


「いったぁいわね!」


 幸か不幸か彼らを呼び寄せた白光のお蔭で襲い来る牙を視認することが出来た彼女は断続的に襲い来る驚異を紙一重で避けて致命傷だけは免れていた。


 けれど、多勢に無勢である。


 徐々に壁際に追い詰められ、囲みも小さくなっていく。傷口からは絶え間なく鮮血が流れ、痛みが彼女に死への恐怖を与える。


「スライムウルフ如きに殺されるなんて末代までの恥だわ…ったく、大体なんでこいつら火が効かないのよ……あっ」


 悪態をつきながらスライムウルフを凝視した彼女は自分がとんでもない勘違いをしていることに気付いたのだ。


「コアの色が違う……スライムウルフじゃない。あれって、もしかしてウォーターウルフ……マジか」


 ウォーターウルフとはスライムウルフの亜種であり容姿は極めて似通ってはいるが決定的な違いは火属性に強い……つまり、今まで無駄な攻撃を彼女がしていたということなのである。


 さらにウォーターウルフは亜種であり上位種でもある。つまりは初見殺しがまた違うのだ。


 その初見殺しは擬態、つまりはまんまと嵌められてしまったというわけである。


 これが、観察眼に優れた冒険者であるならばコアの違いに気付き素早く対応したはずである。


 けれど彼女、ニルバーナは目先の欲に溺れて見事に騙され窮地に立たされている。


 だが、なまじ経験豊かな中堅冒険者のため辛うじて対応できている状況であった。


「ってことは、アレがくるわよね……ごくっ」


 ニルバーナがウォーターウルフと見抜いたことで亜種特有の攻撃を思い出し思わず唾を飲み込んだ。


 狭まっていく彼らの包囲に警戒しながら彼女はポーチの中をゴソゴソとかき回す。


「確か残ってたと思ってんだけど…あれっ?ない。うぅ~、どうしよう……あっ、あぶなぁ~」


 お目当ての物が見つからず焦ってしまい集中力の切れた一瞬に群れの一匹の牙が迫り間一髪で避ける。


 隙を見せれば牙と爪の餌食になる。


 そして、彼女が懸念していた攻撃が一斉に天井を見上げる彼らの挙動から推測できた。


「ヤバい、ヤバい、ヤバい……来る!」


 彼らの動きが天井を見上げた状態で止まり、振り下ろすように勢いよく彼女に向けて何かを放った。


 【ウォーター・ハウリング】彼ら亜種特有の攻撃であるそれは体内に形成された圧縮した水分を振動と共に敵に叩きつける攻撃でありその威力は牙や爪の比ではない。


 しかも彼女を包囲しているため逃げ場上空のみであるが背後では数匹が飛び上がる準備をしている。


「…くっ!」


 双剣を顔を覆うように交差させながら身体を出来るだけ小さくして対面積を減らす。焼け石に水ではあるが耐えるしかない。


「ぐっ!ぐはぁ!?」


 バンッ。


 攻撃の威力の強さに耐えきれず彼女の身体は勢いよく壁に叩きつけられ激しい痛みに襲われる。


「…こりゃあ、駄目かな。はぁ、残念…」


 朦朧とする意識の片隅には、待機していた数匹が宙を舞い牙と爪を突き立てようと迫ってくる。


 逃げ場はどこにもない。


 諦めたかのような溜息を吐き瞳を閉じる。


 これが冒険者稼業なのだと自分に言い聞かせながら救いは【救済の指輪】に記録が残ることだ。


 装着者が死ねば極小転移魔法が発動し、指輪だけはギルドに送られ記録を残して貰える。


 冒険者として生きた証は残るのだ。


 そして、その記録が先の未来のダンジョン攻略に繋がると思えば自分の死も無駄じゃない……と考えていたのだが。 


 ドゴーーーーン。


 走馬燈が脳裏を過ぎり死を覚悟した瞬間、激しい爆風が周囲を包み込み彼女の金髪が激しく波打つ。


 突然のことに意味も分からず茫然としてしまう。


「えっ?なに?どういうこと?」


 うっすらと瞳を開き周囲を見渡した彼女は目の前の情景に信じられないと言わんばかりに大きく瞳を見開く。


 目の前に広がる光景、それは圧倒的な破壊力の跡だけが残されており彼女を包囲していたウォーターウルフの姿はどこにも存在していなかった。


 周囲には彼らの物であっただろう牙と爪、そして幾つかのコアが転がっているだけなのだ。


「何が起きたのよ………えっ?」


 痛む身体に表情を曇らせながら立ち上がった彼女は周囲を見渡し一人の冒険者がいることに気付いた。


 その瞳は死んだ魚のように覇気がない割にウォーターウルフの残骸を回収する手の動きだけは別次元であった。


「…おぉ!大量、大量…」


 ブツブツと呟きながら回収しているその瞳にニルバーナの姿は映っていないらしい。


 熟練の冒険者でも息を飲むほどの早さで動き回る姿に瞳を何度も瞬かせるニルバーナには彼女に見覚えがあった。


 単独冒険者にして現最高ランクのSランクを持つ冒険者であり【瞬姫】の通り名を持つソニア・ブライストである。


「…あの、たすけ……て」


 ニルバーナが掠れ声で呟くとピタリと動きを止め、今更ながらに彼女の存在に気付いたようにビクリと身体を震わせる。


 そして、なぜか大量の汗を掻きながら、さり気なくリュックを後ろ手に隠しニルバーナから視線を逸らす。


「…いや、取らないから」


 瀕死の重傷であるニルバーナが思わず苦笑いしながらツッコミを入れると安心したのか視線を向けてきた。


 ただし、リュックは後ろ手で隠したままではあるが……。


「私が倒した…だから私のもの」


 どうやらニルバーナの獲物を横取りしてしまったと思ったらしくソニアは言い訳じみた口調を漏らすが彼女にとってはどうでも良いことであった。


「…助けて」


「じゃ、そういうことで……」


 その息も切れ切れの声に漸く事情を飲み込めたソニアはあろうことか……見なかったふりをして立ち去ろうとしたのだ。


「この指輪に記録が残るわよ…」


 ソニアの行動に血の気の失せた表情を引き攣らせながら指に填めた【救済の指輪】を彼女へと向ける。


「はぁ……仕方ない」


 その指輪を横目に深い溜息を付きながら心底イヤそうな表情でソニアはニルバーナに近寄っていくのだった。

読んでいただきありがとうございます

<(_ _)>


週一更新のこの作品、なにせ筆が遅いものですから若干の猶予が欲しいのです

(^_^;)


よければ評価等して頂ければ幸いです


では、失礼いたします

(o_ _)o

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