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こちらギルドの保険屋です!  作者: 村山真悟
第2章 滞納冒険者とやり過ぎ回収者
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その2


 アリスが良からぬ行動(勧誘活動)を起こしているなど露知らず冒険者ギルドでソニアが大暴走していた頃--。


 一人の冒険者がギルドの扉前で今、目の前で起きている現状に思考が追い付かず立ち尽くしていた。


 なぜなら、扉前に立つ彼の側を我先にと屈強な冒険者達が青ざめた表情で飛び出てくるからだ。


「何が起きてるんだ?」


 重厚な木製扉からは中を窺うことできず冒険者達が飛び出してくる瞬間に垣間見える室内の異様な圧力に彼の足は地に根が張ったの如くただ立ち尽くすことしかできないでいたのだ。


 何か非常事態な出来事が起きているのは彼でもすぐに理解できた。けれども、それが何が原因で起きているのかまでは分からないため未知の恐怖が彼の身体を縛り付けていた。


「おい、何が起きてるんだ?」


 青ざめた表情で飛び出してきた顔見知りの冒険者の襟元を無造作に掴み呼び止める。


「あっ?あぁ、あんたか…」


 急に襟元を掴まれて何事かと睨み付けるように振り返った冒険者は彼の姿を目にして小さくため息をつくように立ち止まるとチラリと扉を視線を向け彼の肩を軽く叩くとボソリと呟いた。


「悪いことは言わない…今は近づかない方がいい」


 真に迫った口調に彼の精神は一気に言い知れぬ不安に包まれるが、その冒険者は何も説明することなく自分の襟首を掴む彼の手を振りほどき哀れみにも似た表情を浮かべ微笑する。


「じゃ、俺は行くから」

「ま、待てよ。一体、中で何が起きてるんだ?」


 彼の切実な問いに答えることなく足早にその場を去り行く後ろ姿を呆然と見つめながら彼は再度、重厚な扉で塞がれたギルド本部を見つめる。


「一体、何だってんだよ…」


 ボソリと呟きながら彼は髪をボリボリと掻く。


 彼、オルガン・ティルは一流とはいかないまでも中堅クラスのどこにでも居る冒険者であり、短く切り揃えた茶髪を逆立たせ、頬に刻まれた幾筋もの傷跡が多くの修羅場を潜り抜けたことが窺える。


 そんな彼ですら今の現状を正確に把握することができないで居るのも仕方がない事と言えるだろう。


 なぜなら、ダンジョン内で感じる緊張感とは違う身の危険を感じる…言い知れぬ恐怖、それが今の感情を表現する言葉として最も適切かもしれないからだ。


「何が起きてる……」


 恐る恐る扉を開いたオルガンは目の前で起きている殺伐とした空気に今日、何度目かの言葉を呟く。


 目の前で起きている現実、それはあの(・・)ギルド総長が狂乱化して一人の女冒険者を追い詰めている今の状況である。


 その光景にオルガンは何が起きているのか理解ができずにいるのは当然のことだと言えるだろう。


 その中で---。


「逃げろぉー、巻き込まれるぞぉ」


 知り合いの冒険者が青ざめた表情で彼に声をかけながらギルドの外へと逃げていく姿に嫌な予感が彼の不安をさらに掻き立てていく。


 嫌な予感がした。


 冒険者を生業としている者は常に危険と隣り合わせの為、身の危険に対して非常に敏感な感性を持ち合わせている。


 そんな彼が嫌な予感を感じたのだ。それは生命の危機を意味していると言っても過言ではない。


 なにより彼は基本的に常にあることに対して日頃から神経を張り巡らせている。


 それは何か?


 彼は冒険者である。必然的にギルドの保険に加入させられる。そして彼は中堅冒険者であるが金欠である。


 金欠な冒険者が先ず節約するものと言えば--強制加入のギルド保険の支払い義務の放棄だ。


 そう、彼はギルド保険高額滞納者なのだ。


 つまりはギルド本部に本拠地を置くギルド保険事務所は彼にとって天敵、いやむしろ関わりたくない場所であるのだがクエストや報酬はギルドを通さなくては埒が明かない。


 生活のために毎度、ビクビクしながらクエストを受注し人目を避けながら報酬を受け取っていた。


 そして今回も長期の護衛依頼を終えて帰ってきたばかりのオルガン・テイルはギルドの惨状を目の当たりにして内心でドキドキしながら依頼料を受け取るために受付までコソコソと向かっていた。


「…あぁっと、依頼達成の報告に来たんだけど…えっと、これって一体どういうこと?」


 いつもならギルド名物受付三姉妹の長女シフォンさんが出迎えてくれるはずが今日は二女のカルテナが退屈そうに座りながらオルガンの持っていた依頼達成証明を受けとる。


「今はギルド内乱中なんで受付は閉鎖中」


 彼が持ってきたそれをポイっと投げ捨てカルテナは無表情にカウンターに『closed』の看板をドンッとおいて視線を逸らす。


「お、おぅ…じゃあ、また来るわ」


 有無を言わさず閉鎖されたカウンターにオルガンも事の重要さを思い知らされ床に落ちた依頼達成証明を拾い上げ、周囲を気にしながらその場を去ることに決めたのだが…。


 運の悪い人間はとことん尽いてないものである。


 オルガンもその一人であった。


 誰も居ないギルドの廊下を警戒しながら歩くオルガン。背後に感じるこの世の者が放っているとは思えない噎せ返るほどの圧力を発する狂乱中のギルド総長の気配に怯えながら扉前に近づいた瞬間、その扉はオルガンが触れることなく開け放たれた。


「あっらぁ…すっごいわねぇ」


 雰囲気をぶち壊すかのような呑気な口調と共に赤毛の女性が周囲を見渡しながら彼の前に立ちふさがる。


 嫌な予感を感じながら恐る恐る顔をあげたオルガンはその表情を強張らせ一歩後ずさると視線を合わさないように扉の前に立つ女性に道を譲るのだった。


 気付かれないように顔を伏せながら恐怖で思考が働かない。しみじみと自分の運のなさを呪いながらオルガンは現状を打破すべく、停止しそうになる思考をフル回転させる。


 冒険者ならば気配を消す術を心得ており内心の動揺を必死に押さえ込みながら気配を瞬時に消す。なにせ、今の状況は最高ランクの魔物に遭遇した状況に酷似しており一瞬の油断が命取りになりかねない。


 それは大袈裟だろうと他者は言うけれど高額滞納者のオルガンからしてみれば目の前の人物は正に最高ランクの魔物と同意義であった。


 気づかれれば瞬時に殺される(身ぐるみを剥がされる)のだ。


 滞納金回収率100%は伊達ではない。


 そんな、生きた心地のしないオルガンとは対照的に赤髪の女性はどこか呆れたような、それでいて楽しげに口許を歪めながら周囲を見渡していた。


「…あらぁ、ヴィオラってば狂乱モードじゃない?あの子は生きてるのかしらね…まぁ、あの映像を見る限りは神経図太そうだけど--ブライストの血が流れてるから…急ぎましょうかね」


 オルガンの横で呆れた表情を浮かべながら周囲を見渡す赤髪の女性、アリスが飄々とした足取りでオルガンから離れていく姿に彼は張り詰めていた緊張を一瞬、ほんの一瞬だけ緩めた瞬間--。


 アリスはピタリと歩みを止めて顔だけ彼の方へと振り返ると、にこやかな笑みを浮かべながら静かな口調で話しかけた。


「オルガン…未納料金は早めに納付してね?」


 アリスに気付かれないようにそっと立ち去ろうとしていたオルガンはビクッと身体を震わせ声の主の方へと恐る恐る振り返る。


「ひぃっ!?」


 彼女の顔を見た瞬間、屈強な大の男が思わず奇声を上げてしまう。

さらに嫌な汗が止まらず溢れ出てくる。


 にこやかな笑みを浮かべているはずなのにその瞳は一切の感情を捨て去ったかのごとく大きく見開かれ、その深い闇に意識を飲み込まれそうになる。


「とりあえず、これは支払いの足しにするから」


 彼女の指先にはカウンターで突き返された依頼受領書がヒラヒラと舞っている。先程まで確かにオルガンの右手に握られていた物が何故か彼女の指先にあるのだ。


 いつの間に掠め取られたのかオルガンには想像することすらできない。なにせ、彼の右手にはまだ受領書を握りしめている感触が残っていたからだ。


「はぃ、は、は、早めに納めます」


 震える声で何度も頷きながら答える。


 その姿に満足したのか今度は振り返ることなくギルド本部内部へと消えていくのだった。



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