その1
第二章になります
主人公目線以外は三人称となりますのでご了承いただけると幸いです
では、お楽しみくださいm(_ _)m
冒険者ギルド専属保険事務所--。
それは、常に生死が紙一重の生き方をする冒険者にとって最悪の事態に直面した際に効力を発揮する最後の命綱と言えるモノ。
そんな保険業務において大事な仕事がある。
ギルド保険はギルド加入時に半ば強制的に加入させられる保険であるため高確率で--滞納するのだ。
なぜなら冒険者と呼ばれる職業は言わば個人事業主と同じであり、利益が出るときもあれば勿論、無一文になるときもある。
無一文になれば必然的に生活が苦しくなる。
生活が窮すれば彼らが先ず何を削るか?
その筆頭となるのは…強制的に加入させられる保険になるのは仕方がない事実。
けれど滞納されれば、保険事務所の経営が危うくなる。必然的に律儀に保険料を払う冒険者に万が一が起きた時、十全な補償を行うことが出来なくなるのだ。
そのため滞納されれば保険事務所は滞納者に対して強制的に回収するため保険員を派遣する。
発足当初は人材も不足し、保険事務所の現所長であり伝説の冒険者であったアリス・クラフトが出向していた。その際の回収率は--100%。
一度たりとも回収できない事案はなかった。
けれども…。
その所業は言葉では言い表すことは出来ない。
なぜなら、彼女に回収された者達は皆、頑なに彼女の所業を口にしなかったからだ。
屈強な冒険者の皆が、虚ろな瞳でガタガタと震えながら「絶対、滞納しません…」と呟いているなかで元凶である当の本人の言い分はというと--。
「ちょおこっ~と、お願いしただけよ?」
そう言って不適な笑みを浮かべるだけだった。
回収率は100%、万が一の際には十全な保証、それらの実績により滞納者は減り、冒険者の信頼が上昇し個別のプランを組む者達も増えてきた。
そうなると新たに別の問題が発生する。
冒険者が増えれば必然的に保険加入者も増える。
今まではアリス一人で処理することが出来ていた事務処理が立ち行かなくなってきたのだ。
さすがにアリスだけでは他の事務処理に追われるため中々、滞納金回収にまで手が回らない。
結果として未納金が負担となり徐々に保険事務所の経営を圧迫し始めていた…。
つまりは、現在の保険事務所は火の車。
「このままじゃあ、倒産ね。う~ん、未回収の滞納金を何とかしなくちゃねぇ…さて、どうするかねぇ」
溜まりに溜まった未回収の滞納金の書類の束を眺めながらアリスはため息を漏らした。
事務所にはギルドから派遣された事務員が常駐してはいるが相手は屈強な冒険者。
そのため、純粋な事務職員に相手をさせるわけにもいかず…けれど、今の事務所の状況を考えれば滞納金は回収しなければならない。
今の保険事務所の人員ではそれは難しい問題であり頭を悩ませていたのだが冒険者の神は奇跡の采配を彼女に対して行った。
そう、あの指輪がアリスの元に届けられたのだ。
その指輪は例のアレである。
ソニアが助けた冒険者ニルバーナの所持していた【救済の指輪】、それは保険加入者に所持することを義務付けられている装備であり、その指輪が記録する映像は保険支払い時に重要な資料とされる。
その指輪が悩めるアリスの元に届けられた。
まさに奇跡の所業と言わざる得ないだろう。
だが、しかしそんな奇跡が目の前で起きようとしているなど微塵も感じていないアリスは渋面で指輪を眺めてため息をついていた。
「うーん、今は目の前の回収の方が優先事項なんだけど…立場的に見ないわけにもいかないしねぇ。うんじゃあ、まぁ、見てみますか。保険管理責任者権限により記録映像を開示せよ」
管理者権限を行使し指輪の封印を解除すると指輪の台座部分から淡い白光が扇状に広がり記録された映像を映し始める。
映像は所有者からの目線のため、映し出された記録は数匹の魔物に囲まれた危機的状況であった。
過去に所有者の最後を記録した映像を幾度も見てきたアリスはその映像に一瞬、眉間に皺を寄せた。
だが、この指輪を届けてくれた騎士の報告では所有者は重症ではあるが命の危険無しであったことを思いだし改めて映し出された魔物に意識を向ける。
「あら?大量のスライムウルフ…うん?核の色合いが違うわね。あぁ、こいつらウォーターウルフね」
ニルバーナが気づかなかった核の違いに直ぐに気づいたアリス、これが冒険者の格の違い。その状況判断が的確にできることが冒険者稼業では生死を分ける。
そして、ニルバーナはまだまだ未熟であった。
結果として命の危機に瀕し【救済の指輪】を使用することに至ったのだ。冒険者は常に死と隣り合わせの仕事である。いつ命を落とすのか分からない中で自分が生きた証を残すための指輪でもある。
それに記憶された映像が故人のギルドに対しての貢献とみなされ遺族に対して手厚い補償を行うからだ。
なぜならダンジョン攻略は国家事業であり、冒険者は十二種族にとって自らの人生をかけて道を切り開いていく英雄だからだ。
冒険者ギルドも国家組織の1つである。
例え無名の冒険者であろうと礼を尽くし敬意を払い、彼らの名を忘れないために記録に残す。
その積み重ねが今の世界の均衝を保っているといっても過言ではなく、誰かが忘れないでいてくれることは冒険者達にとって大事なことなのだ。
そんな【救済の指輪】が届けられてアリスも彼女の戦いを見つめていたのだが---。
「なんなの、あの娘?---あっははははっは!バカじゃない?マジで?うわぁ~………マジだわ、あの娘」
ソニアの行動に大爆笑するアリスであった。
だが、彼女の行動が人を笑わせるためや冗談ではなく本気だと気づき、その笑みが一瞬で固まってしまう。ソニアの行動は冗談に見えて本気だったのだ。
その姿は冒険者より守銭奴の言葉がふさわしい。
「マジだわ…ある意味すごい娘ね」
心底、嫌そうに指輪の主の救助を始める姿にあきれた表情を浮かべていたアリスであったが、その口元は微かに歪んでいる。
「まぁ、冒険者としてはバカだけど…」
映し出されるソニアの行動を見つめながら元冒険者の勘が何かを告げていた。
確かに行動はバカであるのだが、ウォーターウルフを一瞬にして殲滅する精霊術は見事と言う他はない。
保険屋稼業は必要とあらばダンジョンに潜って調査することがあるのは指輪に残された記録だけで支払い額を決めるわけにはいかないからだ。
なぜなら、ギルドが制定した保険規約に基づいて不正がないかを厳密に調べ上げるには現地に赴くのが一番なのだ。
そのためには保険員は時に過酷なダンジョンに一人で潜らなければならないことも少なからずある。
なにせ、保険事務所は慢性的な人材不足だからだ。
能力があるならば徹底的に活用するのが彼女の信条であり彼女自身も、それを実行してきた。
「ふむぅ…」
映像を見つめながら、なにやら考え込むアリス…けれど、口元は楽しげに歪んでいる。
その表情を他の冒険者が見たならば全力で視線を逸らして気付かれぬように、そそくさと逃げ去っていただろう。
なぜなら、自らの利になるならば使えるモノは何でも使う。たとえ面識の全くない赤の他人でもだ。
それが、アリス・クラフトなのだ。
そして、彼女は指輪から映し出されている冒険者に目をつけた。いや、獲物に狙いを定めたと言う方が正解かもしれない。
なにせ、その瞳は楽しげに爛々と輝かせているのが何よりの証拠であり彼女に狙われたものは皆、同じ末路を辿る。そう、目的のためにこき使われるのだ。
今回の目的は滞納金の回収ができる人材。
それを行うには力が必要である。
しかも、ダンジョン攻略に精を出す冒険者からきっちりと回収できるだけの力をもった実力者---つまり、ソニアは幸か不幸か彼女が求めている条件にピタリと当てはまる優良物件。
それを見逃すほどアリスは甘くない。
「この娘、私の所に欲しい逸材ね--よし、引き抜こう」
アリスの決断はすなわち即行動である。
それが冒険者時代のアリスの持ち味であった。
冒険者稼業は生と死が紙一重の世界であり一瞬の判断ミスが原因で命を失う危険性がある。アリスが長年トップランクの冒険者であったのは単に彼女の感性によるものが大きい。
指輪の審査を終えたアリスは即座に行動に移す。
先ずはギルドに保管された冒険者名簿を引っ張りだし、映像に映し出された容姿と精霊術を扱える者をピックアップしていく。
数多くいる冒険者の中で精霊術を扱える者はそう多くない。なぜなら、リスクが高すぎるからだ。
ダンジョン内で死亡すれば、その魂は精霊となり従属させられる。それは、言わば魂の束縛--。
自我は失われ新たに転生することすら叶わずに永遠の時を廻ることになる。
そのため、精霊術師のスキルは冒険者達には不人気であった。死して尚、束縛されることは自由を愛する彼らには耐え難いのだ。
「まぁ、少ないわよねぇ…」
精霊術を扱わない冒険者を除外した名簿と見比べながら、そのあまりの不人気さを見事に物語っている薄い名簿を見つめる。
精霊術を扱える冒険者の名簿をペラペラと捲りながら確認していたアリスは指輪の記録に映し出されていた冒険者の容姿にピタリと当てはまる人物を見つけ経歴を読み始めた。
名簿には当人の階級から家族構成、実績に至るまで細かく書かれており、その内容は新たなに更新するべく淡い光を放っていた。
ギルドの所有する冒険者名簿は言わば魔本である。
記入された冒険者の行動や実績が更新され、死亡時は指輪の記録と共に王都地下に存在する叡知の書庫に収容される。
そうした冒険者たちの膨大な記録がダンジョン攻略において活用されていく。
「うん?この娘ね。ブライスト……あぁ、だからか」
名簿に書かれていた彼女、ソニア・ブライストの名を見つけたアリスはその家名に彼女の奇行がすごく自然に思えてしまった。
ブライスト--冒険者なら誰もが知る家名、アリスが現役であった頃、冒険者ギルドで知らぬ者のない人物ヴィオラ・ブライストの妹と言う事実はアリスに不適な笑みを浮かべさせるには十分であった。
読んでいただきありがとうございますm(__)m
不定期更新ですが読んでいただけると幸いです
ではでは、失礼いたします(__)




